異世界召喚された勇者がニホンに帰るらしいから勝手に着いていくことにした

猫丸

プロローグ

「顔を上げよ、勇者とその一行よ」


 片膝を着き、忠誠を見せる俺たちは王の言葉に顔を上げる。


 宝石で彩られ黄金に光る玉座に腰を下ろす王は勇者パーティを一瞥する。

 勇者、戦士、聖女と順に。そして最後に、一番後ろの魔法使いの俺を見てはすぐに視線を外す。


「そなたらの活躍で、諸悪の根元である魔王は滅ぼされた。一国を代表して深く感謝する」


 王が勇者パーティに頭を下げる。


 その様子に、王室の隅で一列する鎧を纏う騎士が大きな拍手をする。


「もったいなきお言葉」


 勇者アイカが凛とした声で応える。


「勇者よ、無事魔王を倒した功績として何でも望む物を与えよう。何かあるか?」


 王がアイカに問う。

 静まりかえる王室、アイカは迷わず口を開いた。


「元の世界に帰りたいです」


 アイカの願いに騎士がどよめく。そして、王は一瞬だけ複雑な表情を見せた。


「……この世界に残れば、一生遊んで暮らせる金に名誉、地位が手に入る。それでも、勇者は元の世界に帰りたい、と?」


「はい。私を待ってくれる人がいますので」


 勇者は魅力的な褒美に一切誘惑されることなく、貫く。


「……勇者がそれを望むなら、それもいいだろう。ルゥよ」


 王が隣の玉座に座る王女の名を呼ぶ。


「はい。魔力は十分です。いつでもできます」


 ルゥがゆっくりと立ち上がる。

 背中で隠れていた腰まで届こうとする金髪が顕になる。大きな碧眼は決意を灯していた。


「勇者よ、これが最後になる。仲間やルゥとの別れの言葉を」


「はい」


 アイカが立ち上がり、ルゥの元へ足を運ぶ。


「これで、最後になるねルゥちゃん」


「……言わないでくださいよ」


 ルゥの喉が震える。


「初めて会った時から優しくしてくれてありがとう。ルゥちゃんの明るい笑顔が大好きだった。きつい訓練も悲しいときもルゥちゃんの笑顔で乗り越えれた。本当にありがとう」


「……っ、行かないでほしいですっ。もう、会えないなんてっ、嫌ですっ!」


 ルゥがアイカを抱きしめる。その瞳からは大粒の涙が零れ、アイカの服――制服と呼ばれる衣服を湿らす。

 アイカもルゥの背中に手を伸ばし、肩を震わせる。


「私も寂しいよっ。でも、元の世界にも大切な人がいるからっ。もう、会えないけど、絶対に忘れないから」


「私も、です。絶対に絶対に忘れません。アイカ様は大切なお友達ですから」


「うん。ずっと友達だよ」


 長い間、抱きしめあった二人はそれを解きお互いに笑顔を見せた。


 アイカがルゥに背を向ける。そして、足を前に進める。


 アイカは戦士を、聖女を通りすぎ、俺の前で足を止める。


「立って、リオ」


「あいよ」


 アイカに言われ俺は立ち上がる。


 アイカと視線が近くなる。

 この世界では珍しい黒目と肩まで伸びる黒髪。すっと通る鼻筋、血色感のある唇。

 このまま、この世界に残ってたら貴族の連中がほっとかないな。


「リオ……」


「て、なんでもう泣いてんだよ」


 まだ何も言ってないのに。

 俺は小さく笑う。


「うるさい、ばかぁ」


 アイカが弱々しく俺の胸を叩く。


「つか、別れは昨日のパーティーで済ませたろ?あの時は“私がいなくなっても泣かないでよ?”とか調子こいてたくせに、お前が泣いてんじゃん」


「うるさい……」


「はあ、調子狂うから止めろよな」


「うるさい……っ」


「ほら、別れは昨日聞いたしいいよ。帰った帰った」


「うるさい!最後まで聞け!」


 ボコッ


 王室に何かが凹む音が鳴る。

 俺の胸に置かれるアイカの拳から煙が上がっていた。


 流石勇者。まさか、防御魔法を凹ませるとは。使わなかったら穴空いてた。


「好き、好きなの……」


 アイカが小さく呟く。


「あの、これ以上は言わない方がいいと思う」


「分かってる。別れ際にこんなこと言われても迷惑だよね。でも、言わないと後悔するから」


 アイカが俺に顔を見せる。

 ……そういうことじゃないんだけど。


 瞳の縁から涙を溢しながら、優しい笑顔を浮かべた。


「大好き。愛してる」


 アイカが背伸びをして俺の唇を奪った。

 柔らかな感触が重なる。暖かいような冷たいような、短くて長いような――


「アイカ殿!どうか、この世界に残って私の伴侶にッ」


 扉を勢いよく開けて、金髪の気取った男が堂々と入ってくる。


 げ、第一王子だ。こいつ、アイカに惚れてるんだよな。


「な、なな、貴様、私のアイカ殿に何をッ!?」


 第一王子が俺を指差して怒鳴りつける。


 アイカ、もうそろ離そうか。俺はアイカの肩をトントンと優しく叩く。


「ん、んぐっ!?」


 すると、何を勘違いしたのか、このバカ勇者舌をねじ込んで来やがった。


 おま、ちょ……っ、全員が見てるからっ!人目がなければいいってものでもないけど。


 それよか、第一王子が血走った目で見てる。腰にぶら下げた剣の柄を握っているんだが。


「この、魔物風情がッ!!」




 ――――ピタっ




「……ぇ、」


 第一王子の首から下が氷漬けされていた。

 第一王子はそれを呆然と見つめていた。


 アイカは俺から唇を離し、今にも第一王子に飛びかかろうとしていた。


 これをしたのはアイカじゃない。だとしたら、と視線が一人に集まる。


「お兄様、少し頭を冷やしになってください。その差別は禁止されているはずですよ?」


 ルゥが怒りの表情を顕に、掌を第一王子に向けていた。


「……す、すまない。取り乱した」


 第一王子が沈むような声で謝罪を述べる。


「赦せないっ。こんな近くにリオをそんな目で見るやつがいていいわけがないっ。リオを守らなきゃっ。私がいなくなる前に、リオが楽しく暮らせるよに……っ」


「バカ、何しようとしてんだ」


 俺は戦闘体勢に入るアイカの頭を叩く。


「いたっ。何すんの、リオ!」


 アイカが俺に近寄り声をあげる。


「これはこっちの台詞だ。お前、帰るどころの話じゃなくなるぞ?」


 一応、第一王子なんだからな。


「う……」


 アイカが気まずそうに頭を下げる。


「冷静になれ。この世界に灰眼差別する奴なんて腐るほどいるんだ。一人いなくなっても変わらん。だから、気にすんな、俺は十分楽しい……」


 俺はアイカの頭を撫でる。


「……うん」


 アイカがコクりと頷いた。

 そう、十分楽しいんだ。アイカといると。


「ルゥもルゥだ。アイカを送り出すんだろ?無駄な魔力使ってどうする」


 俺はルゥの元へ歩み寄る。


「……あっ、ど、どうしましょう!?」


 ルゥが今さら気づいたようで慌てふためく。


「俺の魔力をあげるから。しっかりしてくれよ」


 召喚魔法を使えるのは、この国でルゥだけなんだから。

 俺は王女の手を取り魔力を流す。


「……はい」


 ルゥが恭しく返事をする。王女としての威厳は皆無だ。


「よし、補充完了したぞ」


 俺はルゥの手を離す。


「…………」


 ルゥが身体を震わせる。

 とうとうアイカを送り出す時が来てしまったから、色々な感情が溢れてしまっているのだろう。


「ルゥちゃん、リオを任せたよ」


 アイカが笑顔でルゥに告げる。


「……っ、はい。リオは私の家族です。必ず、リオが幸せに暮らせる国にしてみせます」


 覚悟を決めたルゥがアイカに笑顔を向ける。

 もう、二人に涙はなかった。


 ルゥが目を閉じる。


 召喚魔法を始めた。それと同時に王室の床から淡く光る魔法陣が浮かび上がる。

 アイカが魔法陣の中央に立つ。


 召喚魔法は時間がかかる。およそ二分。

 その間、ルゥは集中を続けて召喚魔法を完成させなければいけない。


「……ルゥ、スラム街で腐ってた俺を拾ってここまで育ててくれてありがとな」


「……っ!?」


 ルゥの表情が歪む。けれど、瞳は開かない。集中を途切れさせたら、召喚魔法は失敗するから。

 魔法陣の光がだんだんと強くなっていく。


「ルゥのお陰で今まで本当に楽しかった。恥ずかしくて言葉にできなかったけど、最後だし言うね。大好きだよ、お姉ちゃん」


 天上から魔法陣の中央へ、一筋の光が降りる。召喚魔法が完成した。


 ルゥの碧瞳が開かれる。

 俺は駆け出した。魔法陣の中央へ。


「ま、待って、リオっ!!」


「俺に魔法教えてくれてありがとう。じゃあな、ルゥ」


 視界が白に染まった。

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