第18話 イベントで客を呼ぶ

 客足がやや落ちる真夏を迎えるにあたり、俺はヒロキさんに頼みがあった。

「ちょっとお願いがあります。紹介で初めて来店されるお客さまを初回限定ですが低料金で接客できませんか? 飲物は5種類ぐらいから選んでいただいて、50分5千円程度でやれませんか?」

「どういうことだ? 説明してくれ」

「シンヤが同級生の女子たちを店に呼ぼうとすると、高いでしょと尻込みされてガックリしていました。ホストクラブは高いというイメージがあるのは事実です。シンヤはイイところを見せたいのでしょうが、そういう初めての客を居酒屋料金で楽しんでいただく企画はどうでしょうか? まだ空席がある18時からの限定でいかがですか?」

「そうか、シンヤの同級生は未成年が多いだろう、飲物の原価はしれてるな。あとはスウィーツとフルーツか、そんなものだな。シンヤがやったら他の子もそうするだろう、わかった、飲み放題の4千円でやろう! シンヤにOK出していいぞ。それはそうとオマエは俺に恨みでもあるのか?」

「はあ? どうしてですか?」

「俺をこき使うことばかり考えるからだ。この前は男をキャッチさせられた。これでは俺も呑気にしておれん。考えてみると、有名私立大学に入学する子は裕福な家の子が多いそうだ。同級生の女子に母や姉や友人もいると考えるとリピートにつながる可能性がある、面白くなるかも知れんな」


 この企画は大成功で、シンヤに負けたくないと学生ヘルプ全員が同級生や知り合いを連れて来た。龍志の肝を冷やしたのは、女性理事長と同伴出勤した元気者がいたからだ。

「ウチの新入生がホストをしていると噂で聞いて驚いたのよ。歌舞伎町? これは大変だ、呼びつけて注意しようと思ったけれど、そもそもホストクラブはどんな環境か知らないと注意は出来ないでしょ、それで偵察に来たのよ。未成年に酒は飲ませない、出さないと聞いたけど本当なのね、確認したわ。想像と違って割と普通のところだと思った。宮本くんは優秀で礼儀正しい青年と聞いたけど、龍志さんとおっしゃったかしら、あなたのような大人の先輩がしっかり見守ってね、頼んだわよ」

 理事長は見聞を広めてご満悦の様子で帰った。


 理事長が退散した後、俺はマネージャー室に飛び込んでヒロキさんに報告した。

「いや~ 僕は面接されているようで緊張しました。理事長先生なんて苦手なんですよ。次に偉い人が来たらヒロキさんお願いします、頼みますよ」

「どんな客でも平気なオマエでも苦手があるのか。いいよ、次は俺が出るからな」

 そんな冗談を交わした1週間後、テレビに度々出演する女性の社会学者が、ユキオと来店した。はあ~ またかぁ。

「先生、No.1ホストの龍志さんを紹介します。彼は新潟県人なんです、先生と同じです。大学を出て金融マンになったけど自分にチャレンジしたくて上京したそうです」

 信金の集金係りが金融マンか? 自分にチャレンジか? うまいこと言うなあ。ユキオはトークが上達した、呆れてしまった。新潟の話で盛り上がり、ヒロキさんの救援は必要なかった。

 このような展開で学生ホストは店のお荷物にならず、徐々に売上げを計上できるまでに成長した。客は昼職が中心だが、学者先生やマスコミ・テレビ局で働く女性など、さまざまな職業の方々が来店するようになった。

(昼職=昼間働く人のことで、夜の仕事に従事する人と区別する。通常、昼職が店に落とす金はオミズより少ないが、店の雰囲気がカジュアルになる。また、マスコミに顔を出す有名人ともなれば別格だ)


 8月が近づいた。龍志の勉強は追い込みに入ったが仕事は休まず、週に2回はジムに通い、毎週1度は美容サロンで髪と肌の手入れを怠らなかった。だがデリヘル嬢をリクエストする余裕はさすがになかった。ついに試験前夜になった。

「龍志さん、明日は試験でしょ。掃除は僕らに任せて早く帰ってください」

「なぜ知ってるんだ?」

「そんなのネットでピピッです。これもらってくださいよ、田舎から送ってもらいました」

 フミヤは太宰府天満宮のお守りを龍志に握らせた。


 8月最後の日曜日、試験会場に向かう龍志に迷いはなかった。これほど真剣に勉強したのは初めてだ。落ちても悔いはないと思った。午前の試験は十分に手応えを感じた。午後は1時から5時までだ。何か腹に入れないと踏ん張れないぞ、コンビニのおにぎりにパクつこうとしたときに背中を叩かれた。

「おい、昼メシだ。カミさんが作った。旨いぞ」

 ヒロキさんが立っていた。

「脅かさないでくださいよ、どうしたんですか?」

「どうもしない。それより聞いてくれ、俺はパパになるんだ! けさ聞いた」

「えーっ、おめでとうございます! 嬉しいです、最高です!」

「そうだろう! 喜んでくれると思ってた。オマエにいちばん先に言おうと携帯したが出なかった。それで今日が試験だと思い出してシンヤに試験場を教えてもらったんだ。ほら食べろ、栄養満点で頭が良くなるぞ、合格間違いなしだ!」

 遠い日の遠足の弁当にそっくりで、彩り良く惣菜がぎっしり詰められた弁当だった。俺は気持が温かくなった。こんな情けない俺だが気遣ってくれる先輩がいる、嬉しかった。


 旧盆を挟んだ週末は学生ホストたちが企画した“縁日フェス”を開催した。綿アメやヨーヨー釣りに金魚すくいを用意して、ホストは全員浴衣姿で客を迎えた。オミズ嬢から中年のご婦人まで客は大喜びし、お面やヨーヨーをもらって上機嫌だった。

「龍志くんの浴衣姿って渋くて素敵、やっと本物の男になったようだわ、次はお嫁さんね」

 いつも和服姿の淳子が微笑んだ。

 一方、金魚なんて育てられないと言う客に、「僕らが育てますから、いつでも会いに来てください」と、学生ホストたちは次回の来店を促した。金魚につけられた愛称のネームプレートが下げられた金魚鉢がずらりと並ぶパウダールームで、俺はホストたちに訊いた。

「育てるのは大変だろう、もし預かった金魚が死んだらどうするんだ?」

「心配ないです、ヒロキさんに新しい金魚を買って来てもらいます。似たような模様とサイズなら絶対バレませんよ」

 ふぁーっ、こいつらは何てライトなんだ! 羨ましく思ったときにヒロキさんが、

「俺はアイツらに便利に使われて金魚屋めぐりだ。店は変わったな、みんなが一人前になってくれたお陰で今はヘルプが不足している状況だ。売上が右肩上がりでオーナーに褒められて嬉しかったが、アイツらが次は何を考えるかと思うとビクビクものだ。アイツらを束ねられるのはオマエしかいないぞ。俺なんか雑用係だと思われている」

 ヒロキさんは優しい目で笑った。

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