第35話 オタクでよかった

 あれからしばらくして、ハルと鬼島は帰っていった。

 正確には、俺と月乃の間に流れる独特な雰囲気を感じ取り、ハルが鬼島を連れていった。

 別に二人きりになることを急いでいたわけではないのだが、なんとなくでも察してくれたハルには感謝しかない。

 いや、それはそれで恥ずかしいのか?

 ――――難しく考えるのはやめておこう。

 羞恥心で精神がすり減りそうだ。


「ありがとね、健太郎。ここまで付き添ってくれて」


「ん?」


 隣に座っていた月乃が、俺の方に体を寄せてきた。

 甘いような、それでいて爽やかな匂いを感じる。

 いくら恋人とはいえ、あの雪河月乃がこの距離にいたら、鼓動が早まるのも仕方がない。


「私ね、楽しかったよ、衣装づくり。完成度は……まあ、とてもいいとは言えないけど」


 月乃はもう着れなく・・・・・・なった・・・メリーの衣装を見ながら、そう告げる。

 撮影が終わった後、月乃が衣装を着たまま少し動いたら、衣装の胸元が弾け飛んでしまったのだ。

 胸が見えるという事件はギリギリ避けられたが、修復しなければもうこの衣装は着られないだろう。

 どうやら縫いつけが甘かったらしい。

 後は月乃の胸が短期間でわずかに成長したことも原因だとかなんとか――――。

 

「でも、見た目は完璧だったと思うぞ。ほら」


 俺は一眼レフの背面にあるモニターを操作し、撮影した月乃の画像を本人に見せる。

 すると月乃は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「ちょっと……あんまマジマジ見せないでよ……!」


「よく撮れてるだろ?」


「……うん、確かに」


 写真を見た月乃は、そこに映る自分を素直に褒めた。

 この写真を見て、彼女を褒めない人間は一人もいないと確信できる。

 写真自体が素人撮影であるせいで、そういう粗は目立ってしまうが、それでも十分と感じるほどの魅力があった。


「また……やりたいな」


「っ! お前……」


「作りながらずっと思ってたよ。また別のコスプレも作ってみたいって……もっと上手くなりたいって」


 月乃は自分の写真をじっと見つめながら、ワクワクした様子を見せている。

 途中から彼女がコスプレに夢中になっていたことには気づいたが、その熱意は俺の抱いた印象をさらに上回っているようだった。


「次も完成したら、また撮ってくれる?」


「もちろん。俺も……もっと上手く撮影できるようになりたいしな」


 俺は自身で買ったカメラを見下ろす。

 月乃と同じように、こんなにも何かを上達したいと思ったことはなかった。

 もう一度撮りたい。

 その気持ちは、俺の中で大きな欲望となっていた。


「――――それで、その」


 突然、月乃がモジモジし始める。

 その様子を見て、俺はハッとした。

 衣装が完成した時の約束。

 月乃はきっと、それのことを考えているのだろう。


「ど、どうする?」


「どうするってそりゃ……」


 ――――どうしよう。


 準備というか、それなりに覚悟はしたつもりだったのだが、いざこういうシチュエーションになるとどうしても狼狽えてしまう。

 しかし、ここは男として避けては通れない道。

 いくら陰キャでボッチだったとしても、男は男。

 やるべきことはやらなければならない。


「……しよう」


「へ?」


「約束もそうだけど……俺が月乃としたいから」


 真っ直ぐ月乃の目を見つめる。

 最初はあたふたして目を泳がせていた月乃だったが、やがて意を決したのか、俺と目を合わせてくれた。


「……優しくしてくれなきゃ怒る」


「善処するよ」


 俺たちはさらに身を寄せ合い、唇を触れさせる。

 


 これこそが、たった二か月の間に起きた、俺の人生を変えた一件。

 人付き合いが苦手な俺にできた唯一の繋がりは、趣味をきっかけに生まれた。

 世の中、何がどう転ぶのか分からない。

 明日も明後日も、その先も、俺たちは共に歩んでいく。


 照れ臭いから、最後は少し茶化して終わろうと思う。


 何がともあれ、オタクでよかった――――と。

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【一章完結】ダウナー系ギャルの雪河さんが、何故か放課後になると俺の家に通うようになった件。 岸本和葉 @kazuki

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