第31話 惚気話
「ふーん、月乃とながっち付き合うことになったんだ」
部屋のソファーでくつろいでいたハルが、俺と月乃の方を見ながらそう言った。
こっちとしてはかなり緊張しながら報告したつもりだったのだが、想像以上に二人ともあっさりとした態度を浮かべている。
「ながっち、なんで変な顔してるの?」
「いや……ちょっと拍子抜けしたっていうか」
「あ、もしかしてあたしがもっと驚くと思ってた⁉︎ 残念、二人が恋人になることなんて、あたしからしたら予想通りだよん」
ハルがそう言うと、テスト勉強のために教科書と睨めっこしていた鬼島も同意するように頷いた。
「俺がお前らをモデルに漫画を描くなら、このタイミングでくっつけるだろう。自分の感性が間違っていなくてよかった」
うんうんと偉そうに頷く鬼島。
ともかく、俺たちが惹かれあっていたことは、はたから見たら丸分かりだったらしい。
「なんか……すごい恥ずかしいんだけど」
顔を赤くした月乃に、俺も同意する。
「まあまあ。とりあえずおめでと! 二人が付き合うことになって、あたしは嬉しいよ」
「頼むから高校卒業まで別れないでくれ。せっかく居心地がいいこの場所が、すごく気まずくなる」
「こら鬼島! そんなこと言わない!」
いつの間にか、この二人もすっかりこの部屋に馴染んでいる。
俺のプライベートなんてほとんどない状況だが、別にそれは構わない。
むしろ高校卒業まで鬼島が俺と友達でいると信じていることが、妙に嬉しく感じた。
「別れないよ。もう健太郎は私のだから」
「おぉ〜正面切って惚気てくるとは……」
これに関しては俺だけが恥ずかしいやつじゃないか。
羞恥心で顔が赤くなりそうなところを、深呼吸して無理やり押さえつける。
「……てか真面目な話さ、今後はあんまりここ来ない方がいい?」
ハルが真顔で問いかけてくる。
これに関しては、すでに月乃と話し合っていた。
「二人さえよければ、今後も同じように付き合ってほしい」
「え、マジ? 邪魔とか思わない?」
「思うわけないだろ」
「はー……よかった。このメンツでいるとめっちゃ落ち着くからさ、集まる頻度が少なくなったら悲しいなって」
「それはこっちのセリフだよ」
ハルも、鬼島も、俺にとっては大事な友達だ。
今更二人と距離を取るなんて、あまりにも悲しすぎる。
(大事な友達、か)
「なんで笑ってんだ? 永井」
「あ、いや……別に?」
首を傾げる鬼島を前にして、俺は苦笑いを浮かべる。
まさかこの俺が他人を大事に思うことがあるなんて。
自分の大きすぎる変化に、思わず苦笑が漏れてしまった。
「にしても、材料はあるのに作業できないって辛いねー……」
ハルが部屋の隅に積まれたコスプレ衣装用の材料を見ながら、そうぼやく。
テスト期間は、作業を進めず集中すると四人で決めていた。
しかしテスト勉強が辛くなってくると、どうしても気がそっちに向いてしまう。
「俺も漫画が描けなくて辛い……一日二時間しか描けないなんて、こんなの拷問だ」
「十分描いてるじゃん」
「何を言うんだ雪河。漫画は一日三時間描く。これは常識だぞ」
「……じゃあ、睡眠時間削るしかないんじゃない?」
「なるほど、その手があったか」
やたらアホになる時があるんだよな、鬼島。
おそらく思い込みが激しいせいなんだろうけど。
「はぁ……まあ、悪い成績取りたくないから頑張るけどさ」
そう言いながら、ハルは再び問題集に立ち向かい始めた。
分からないところがあれば、俺が教える。
教える側に立つことでテスト範囲の復習ができるし、俺としてもこの時間はいいことだらけだった。
勉強に取り組むこと二時間ほど。
さすがに疲れてきたのか、月乃たちは三人同時に大きく息を吐いた。
「んー……一旦休もうか」
「結構集中してたもんねー。でもながっちのおかげで分からないところがなくなってきたよ。特に数学!」
ハルは数学が苦手らしく、勉強を始める前は中々まずい状況だった。
しかし公式を何度も反復して教えることで、基礎はかなり身についたように思える。
これなら少なくとも赤点は避けられるだろう。
この調子でテストの日まで努力すれば、平均点は堅い。
「今日のところは解散か?」
「あたしは帰るよ。弟の誕生日なんだよね、今日」
「ならついでに俺も帰ろうか」
「あれ、送ってくれるの?」
「違う。お前が俺を送るんだ」
「あははー、何言ってんのか分かんねー」
ハルと鬼島が帰宅準備を始める。
月乃は帰らないつもりのようで、特に動かない。
「あ、そうだ、ながっち」
「なんだ?」
「明日からはさ、学校でも普通に接していい?」
そんな風に問いかけられて、俺は驚く。
「山中とユカとちょっと気まずい関係になっちゃったじゃん? だからもう開き直って学校でもいつも通り過ごしたいっていうか……つーか、多分もうあの二人とは相容れない気がするんだよね! なんか変な勘違いしてるみたいだしさ。こっちもながっち馬鹿にされて、だいぶ許せないって思っちゃったし」
ハルは不機嫌そうに頬を膨らませる。
現場にいなかった俺としては、正直あの二人に対して特に思うところはない。
ただここにいるメンバーの神経を逆撫でするような発言をしたことは、どうしてもいただけないとは感じていた。
だからハルが関わらないようにするというなら、別に止めやしない。
「変に周りの目を気にする必要なんてない。俺は無理やりにでも永井に絡むぞ」
「無理やりはやめろよ?」
こいつらと絡む時点で目立つのは仕方ないけれど、悪目立ちはごめんだ。
「……本当はね、高校に入ったらオタ活を控えようって思ってたんだ」
ハルが積み上がった素材の方を眺めながら、そう告げる。
「中学の時にさ、一瞬あたしの活動が学校のみんなにバレそうになったことがあって。もう自分からバラしちゃおって思ったんだけど、全部言う前に『ハルがそんな気持ち悪いことするわけないでしょー』って笑われちゃったんだよね。それ以来ちょっと……オタクってことをバラすのが怖くなったっていうか」
「ハル……」
あっけらかんと笑っているが、ハルの目には自分の好きなものを否定された苦しみがにじんでいた。
ハルにそんな言葉を吐いた人が、本心からそう言ったのかは分からない。
特に学生の頃は、凝り固まった価値観で物を語ってしまうことが多々ある。
いつかその人も、他者の好きな物を否定する邪悪さを理解するかもしれない。
ただ少なくとも、すでにハルはその心無い言動によって、大きな傷を負ってしまっていた。
それはどうしたって、取り返しのつくことではない。
「本当は月乃たちにも話すつもりなかったんだけど……結果的には、あの手芸屋で鉢合わせて正解だったね」
「……うん、そうだね」
ハルと月乃が笑い合う。
偶然とはいえ、彼女の心が救われたことを、俺は友人として嬉しく思った。
「味方がいるんだって分かったら、もう隠す必要もないもんね! 私はするよ! 学校でもオタトーク!」
ハルの言葉に、俺たちは頷く。
仲間がいれば大丈夫。
それはハルだけではなく、俺たち全員の心を救った。
「じゃあ帰るよ、鬼島。仕方ないから、この可愛い春流ちゃんが送っていってあげよう」
「可愛い春流……? つまり可愛くない桃木もいるってことか?」
「ごめん、あたしが悪かった。いるわけないよね、可愛くない春流ちゃんなんて」
コントのような会話を繰り広げながら、二人は玄関に向かっていく。
「またね、二人とも」
「また明日、学校で会おう」
そんな言葉を残し、二人は部屋を後にした。
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