第27話 場違い
「今日からテスト週間に入る。高校生になって変に浮かれていると、このテストで一気にふるい落とされるぞ。くれぐれも勉強を怠らないように」
帰りのホームルームで、担任が俺たちに言い聞かせる。
いよいよテスト一週間前。
初めての定期考査ということで、クラスメイト達は皆浮足立っている。
それに対し、俺の心はひどく凪いでいた。
今日のために努力してきたわけではないが、ここまでの授業はすべて頭に入っている。
今一度これまでの授業をおさらいすればいいだけだし、気持ちはまったく焦っていなかった。
「はー、だりぃなぁ! テスト!」
先生がいなくなった途端、山中がイライラした様子で叫ぶ。
それを皮切りに、いつも通り一軍メンバーたちが月乃の席を中心に集まった。
こうして盗み聞きするのも、もはや慣れたもの。
とはいえ奴らの声がでかすぎるだけで、わざわざ盗み聞きしているわけでもないのだが。
「ほんとそれなー」
力なく渡辺が言う。
授業中の態度から予想して、一軍メンバーの学力は中の下から上にまとまっている。
実際のテストではまた違うかもしれないけれど、この話を聞く限りそこまで間違った予想ではない気がした。
「赤点取ったら補習なんだよな……」
「ねぇ、うちらで勉強会しない? テストの対策しようよ」
「あーそれいいな。やろうぜ、どっかのファミレスでさ」
青春ど真ん中といった感じの会話だな。
ファミレスで友達と一緒にテスト勉強なんて、まさに憧れのシチュエーションである。
最近地位が危ぶまれていた一軍メンバーだったが、この時ばかりは羨む視線が集まっていた。
「今日は大丈夫だよな? 雪河、桃木」
「……うん、行けるよ」
山中の圧のある問いかけに対し、月乃が頷く。
「あたしも今日は大丈夫。勉強やばいし、ここで一気に稼いでおきたいかも!」
「よっしゃ! 久しぶりにフルメンバーだな!」
どうやら桃木も行くようだ。
それを聞いた山中が、嬉しそうに叫ぶ。
ちなみに鬼島は何も言っていないのだが、勝手に頭数に入れられているようだ。
まあ本当に予定があるなら、奴は自分で断れるからな。
何も言わないということは、特に予定がないということだろう。
俺たちのコスプレ衣装制作は、テスト期間が終わるまで一旦ストップしている。
特に月乃は残念そうにしていたが、成績には代えられない。
俺も勉強はしておきたいし、ここはグッと堪えてもらうことにした。
「じゃあ行こうぜ! 駅前のファミレスでいいよな? ほら行くぞ、鬼島も」
「おう」
今日のところは一軍デーということで、全員でファミレスに向かうらしい。
さて、俺は俺できちんと勉強しよう。
このまま帰るのもあれだし、図書室に寄って帰るのもいいな。
「おい、永井。お前も行こうぜ」
「……え?」
帰ろうとした瞬間、後ろから鬼島に声をかけられた。
振り返ってみれば、そこにはポカーンとした様子の山中と渡辺、そしてクラスの連中の顔がある。
そりゃそうだろう。
俺だってそっち側にいたら、同じ反応をしていたと思う。
クラスの二軍でも三軍でもない男子に声がかかるなんて、本来あり得ない。
「……おい、鬼島。なんでそいつに声かけるんだよ」
「え? そんなの、こいつが勉強できるからに決まってんだろ。俺はこいつに教えてもらいたいんだよ」
「はぁ⁉ なんで知ってんだよそんなこと」
「友達だからな、そりゃ」
「『そりゃ』って……」
山中の反応はもっともだ。
彼の視点からすれば、鬼島が俺という人間の学力事情を知っていることがおかしい。
俺はクラスメイトにとって、クラスの最下層。
しかし一軍のトップである鬼島と親しいとなると、その立ち位置は一気にひっくり返る。
「っ! ま、まあいいんじゃない? あたしら五人だし、六人までは席に座りやすいじゃん?」
「まあ、そうだけど……」
ハルがフォローしてくれたが、渡辺と山中はまだまだ不満げだ。
しかし鬼島とハルが乗り気な時点で、もう逆らうことはできない。
渡辺は、最後の望みとして月乃の方を見る。
「別に永井がいてもいいよ。さっさと行こ」
「う、うん……月乃が言うなら」
いつも通りのダウナーさで、月乃は話題をスルーする。
望みを絶たれた二人は、渋々といった様子でその背中についていった。
「おい、どういうつもりだ……⁉」
俺は何事もなかったかのように教室を出ていこうとする鬼島の肩を掴む。
「どういうつもりって、別にお前も今日暇だろ? 一緒に勉強しよう。そんでついでに勉強教えてくれ。分からないところばっかなんだ」
「確かに暇だけど……!」
こちら焦りなどつゆ知らず。
鬼島は不思議そうな目で俺を見ていた。
ここまで目立ってしまった以上、断るわけにもいかない。
一軍メンバーの誘いを断るなんて、周りからしたらあり得ない行動だ。
この場における常識に逆らう勇気は、俺にはない。
「……分かったよ。どうなっても責任取らねぇからな」
「やりぃ!」
果たしてこいつはただのバカなのか、それともすべて計算か何かなのか。
どちらにせよ、俺はこの先もこの男にこうして振り回されるのだろう。
未来のことは分からないが、これだけは何故か確信できてしまった。
というわけで、俺を連れた一軍メンバーは、駅前のファミレスへと移動した。
皆それぞれが教科書や問題集を広げながら、黙々とそこにある問題を解いていく。
(どうしてこんなことに……)
俺はペンを動かしているフリをしながら、周りの顔色を確認する。
とりあえず今のところは全員勉強に集中しているようだ。
周りに合わせるべく、俺もテキストに視線を落とす。
すると山中や渡辺の方から視線を感じ、俺は顔を上げた。
(……気のせいか)
見られていたような気がしたが、二人とも教科書の方に視線を向けている。
山中と渡辺には悪いことをした。
本当は勉強を口実に、一軍メンバーでダラダラ話したかったのだろう。
しかし俺が来てしまったことで、場の空気が強制的に勉強モードになってしまっている。
気まずいというか、なんというか。
そんな風に強い場違い感を味わっていると、隣に座っていた月乃が俺の肩を叩く。
「ねぇ、健太郎。ここどうやって解くの?」
「あ、ああ……ここはこの公式を応用して――――」
そうして俺が数学の問題の解き方を教えていると、山中がものすごく睨んできた。
俺はそれに気づかないふりをする。
おそらく、月乃が俺を呼び捨てにしたことが原因だ。
月乃は、山中のことを苗字で呼ぶ。
彼女が名前で呼ぶのは、ハルと俺だけだ。
自分の方が仲がいいと思っていたんだとしたら、そりゃショックだろう。
「……分かりやす。ありがと」
「これくらいでよければ全然……」
俺に身を寄せていた月乃が、元の位置に戻る。
それと入れ替わるようにして、今度はハルが体を寄せてきた。
「ながっち、あたしここが分からないんだけど……」
「古典か……まずは活用形を覚えるところからだな」
「それって暗記?」
「暗記」
「うー……分かった」
二人が俺に馴れ馴れしくするたびに、山中と渡辺の視線が強くなる。
本当に居心地が悪いな、ここ。
「永井、教科書全部学校に置いてきちまった。なんか貸してくれ」
「お前はここに何しに来たんだよ……」
俺は仕方なく歴史の教科書を鬼島に渡す。
わざわざテスト範囲になっているページを教えてやれば、鬼島は感謝しながら教科書を読み始めた。
このやり取りがきっかけになったのだろう。
どこからか、小さな舌打ちのような音が聞こえてきた。
もしかすると、意図せず口の音が鳴ってしまっただけかもしれない。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
「んー、行ってらっしゃい」
それでも俺は、この歓迎されていないムードに耐え切れなかった。
ペンを置き、一度席を離れる。
「なあ――――なんであんな奴連れてきたんだよ」
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