第26話 学生の敵

「あ、二人とも!」


 しばらく鬼島と二人で話していると、店の方からハルが歩いてきた。


「買い物終わったのか?」


「終わったんだけど、ちょっと来てくれない? 布が意外と重たくて、二人じゃ運べないんだ」


「分かった」


 俺はハルに連れられるまま、店の中に入る。

 そしてレジ横で途方に暮れていた月乃と合流を果たした。


「よかった、これがどうしても運べなくてさ」


 月乃はロールの状態にまとめられた布を指さす。

 おもむろにそれを持ち上げてみると、確かにかなりの重量を感じた。

 持ち運ぶことは可能だけれど、家まで担げるかと言われたらかなり厳しいかもしれない。

 

「鬼島、持てるか?」


「ああ、任せろ」


 俺の代わりに、鬼島がロールを担ぐ。

 すごい安定感だ。俺とは馬力が違う。


「このくらいなら運べるぞ」


「さすが、助かる」


 俺は鬼島が持っている布よりも次に重い布を持ち、月乃とハルを手ぶらにさせる。

 一応、女子に荷物を持たせないくらいの常識は持ち合わせているつもりだ。


「じゃあ一回ながっちの家に帰ろっか! 結構人数増えちゃったけど、大丈夫かな?」


「まあ騒いだりしなければ大丈夫だろ」


「おっけー! 気を付ける!」


 うちは鉄筋コンクリート造だからそれなりに防音性能も高いが、さすがに高校生四人が加減なしに騒いだら音が漏れるはず。

 そう言う部分を先に確認してくれる辺り、ハルの立ち回り能力の高さがうかがえる。



 池袋駅に引き返し、俺の家の最寄りへ。

 そのままマンションにたどり着いたところで、鬼島が「おお!」と声を漏らした。


「本当に一人暮らしなんだな! 羨ましい!」


「どーも……」


 俺は三人を引き連れ、鍵を開けて部屋に招き入れる。

 そして部屋の全面に並んだ本棚たちを見て、またもや鬼島が歓声を上げた。


「なんだここ……テーマパークか?」


「分かる。めっちゃいいよね」


 鬼島とハルの会話を聞いて、俺は頬を掻いた。

 褒められるために作り上げた部屋ではないが、ここまで言われるとさすがに照れる。


「とりあえず布は床に置いていいのか?」


「大丈夫、運んでくれてありがとう」


「衣装制作を取材できるんだ。これくらいお安い御用だ」


 リビングのテーブルを動かしてスペースを作り、そこに購入した素材たちを並べていく。

 これが衣装になるのか。

 パッと見だと、人が着る服を一着作るに当たって、この量は中々過剰に見えるのだが――――。


「『マリハレ』のメリーって布の重なりが多い服を着てるから、結局これくらいは必要になっちゃうよねぇ……これでもかなりギリギリを攻めたんだけど」


「なるほどな……」


 しかしハルのおかげで、予算はかなり抑えられたんだそうだ。

 これならオーダーメイドでお願いする布にも予算を割けるはず。

 

「オーダーメイドの布は依頼から到着まで二週間くらいかかることもあるから、またしばらく気長に待つ必要があるかなぁ。それまでにできることはやっておいた方がいいと思う」


「例えば?」


「土台になる布を作るとかかな。その素体を元に、装飾を増やしていくんだよ」


「ふーん……」


 ハルから説明を受けた月乃が、感心したように頷く。

 ベース作りからという話だが、その時点ですでに服を作ろうとしているわけで、聞いている限りでも難易度が高いように思える。

 月乃もそれを理解しているようで、表情は少しばかり険しい。


「……大丈夫! 月乃にはこのコスプレ歴二年のあたしがついてる! それに力仕事担当が二人もいるしね!」


 そう言いながら、ハルが俺たちを見る。


「今回の衣装は結構重たくなると思うから、制作中は二人の力も借りるからね! 代わりに月乃の可愛いコスプレが見れるんだから、安いものでしょ?」


「ちょっ……ハル⁉」


 まあ、確かに。

 俺も月乃のコスプレ姿が見たいが故に手伝っているわけで。


「……三人とも、完成まで手伝ってくれる?」


「もちろん!」


「取材のためだからな」


「……最初に約束したからな」


 俺たちが了承すると、月乃はホッとしたような笑みを浮かべた。


「ありがとう。じゃあ早速だけど、オーダーメイド用の布をみんなで探したい。ハル、どこの業者にお願いすればいいと思う?」


「あたしがいつも使ってる業者教えてあげるよ。まずはそこで布を見てみよ?」


「分かった」


 ハルが教えてくれたサイトは、生地のデザインだけでなく、材質まで選べる上で、比較的安価にそれを提供してくれる優良店だった。

 四人でそのサイト内を漁る。

 俺と鬼島に関しては、正直戦力外だ。

 ある程度ハルから選考基準を教えてもらい、それに基づいて大量の素材の中からお目当ての材質を探す。

 

(これ、材質の名前を知らなかったら絶対に無理だな)


 店頭で触れて選べるのであればともかく、サイトの購入ページを眺めているだけではどれがどんな材質なのか分からない。 

 もし俺と月乃のまま衣装制作を続けていたら、ここでもまた躓く羽目になっていたころだろう。


「あ……ハルの言ってた材質って、これか?」


 俺はたまたま目に入った素材購入ページを、ハルへと見せる」


「そうそう! これだよ! URL送ってもらっていい?」


「ああ……」


 俺たちのメッセージグループに、素材のURLを貼る。

 

「……これ、結構高いね」


 ハルがそんな風につぶやいた。

 改めて確認してみると、確かに高い。

 メートル単位での購入になるのだが、俺たちが必要としている布の大きさはほぼ最小の値になる。

 注文した物が少なかったり小さかったりすると、値段が割高になってしまう物がオーダーメイド。

 正直今ある残金では、払いきれそうにない。


(俺がバイトで稼いだ金はそのまま残してある……それを渡すことは別に辞さないけど……)


 俺は月乃の制作活動に付き合うべく、共にバイトに勤しんだ。

 この金は、いわば目的のために稼いだ金。

 もしもの時はそっくりそのまま渡してもいいと当然のように考えていた。

 しかし、月乃はきっと受け取ってくれないだろう。

 想像以上に彼女が頑固であることを、俺はこの短い付き合いの中で理解していた。


「つーか、そこオーダーメイドにしたら手作り感薄まらねぇか? 値段もそうだけど、いいのか? 業者を頼って」


「「「……」」」


 鬼島の鋭い意見に、俺たちは言葉を失う。

 確かに、そもそも素材を作ってもらうというのはどうなんだ?

 ただクオリティの高いコスプレをしたいというなら、間違いなく正解と言える。

 しかし月乃と俺は、あくまで手作りで完成させるという志を持っていた。

 ならばデザインづくりから自分たちでやらなければ、完全手作りとは言えないんじゃなかろうか。


「……このデザイン、私でも作れるかな」


 そう言いながら、月乃がスマホでメリーの立ち絵を開く。

 このキャラのスカートの裏側には、まるで夜空のような加工が施されていた。

 

「ぶっちゃけ、完全再現は難しいと思う。でも、できないとは思わないかな……」


「ハル、これを再現するのに必要な物分かる?」


「うーん……絵具とか、カラースプレーとか? まずは黒紫色の布を用意して、星を別の色で再現するみたいな」


 中々難易度が高そうだ。

 しかし、月乃の目はすでに燃えている。

 間違いなくやる気になっていた。


「難しいかもしれないけど、やってみる。少しでも自分でできることを増やしたいから」


 月乃が俺の方を見る。

 それに対して俺は、その背中を押したいという意思を込めて、一つ頷いた。


「……! あたしも手伝うからね! 月乃! ここまで来たら、これまで培ってきたもの全部伝える!」


「俺も協力するぜ。デザインする作業には興味あるからな」


 二人の申し出に対し、月乃は一つ頷いた。

 

「みんな、ありがとう」


 何やら小っ恥ずかしい空気が流れ始める。

 その中で、俺は一つ気づいてはいけない事実に気づいてしまった。


「そういえば、お前ら大丈夫か? 中間テスト」


「「「あ……」」」


 五月も半ばに差し掛かろうといったところ。

 学生の敵ともいえる定期考査という試練が、目の前にまで近づいてきていた。

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