第24話 新たな仲間

 大して仲がいいわけでもない相手に対して、とんでもない口を利いてしまった。

 しかし鬼島はきょとんとした様子で、俺のツッコミを正面から受け止める。


「……だから俺、漫画家になりたいんだって」


「意味が分かってないわけじゃないんだよ! 急すぎるし! なんで俺にそんな話してんだ⁉ 他の奴らは知ってるのか⁉」


「いや、話したのは初めてだ。だって話さないと取材に協力してもらえないだろ?」


「重いって! その話を最初にするのが俺ってどういうことだよ⁉」


 思いがけず大きな声が出てしまっていたことに気づき、俺は口を閉じる。

 ここは公共の場。

 大きな声は他人に迷惑をかける。

 なんなら同じ高校の人間だって乗っているし、俺が変人だなんて思われたら面倒だ。


「……漫画家になりたいのか」


「ああ」


「もしかして、本気?」


「当り前だ」


「ボクシングは? チャンピオンになるとか、そういうのは夢じゃねぇのか」


「ボクシングは、才能があるからやれって親が言うからやってるだけだ。別に俺の意思でやってるわけじゃない」


「それで漫画が描きたいのか……もしかして、漫画やアニメオタクだったり?」


「もちろん。時間がなくてあんまりアニメは見れてないが、漫画なら大体追ってる」


「『マリハレ』は?」


「周回するたびに号泣」


「ああ……」


 こいつは本物だ。本物のオタクだ。

 なんだ、このめぐり合わせは。

 どうして一軍メンバーの中心人物が全員オタクなんだ。

 あり得ないだろ、普通。

 

「なあ、頼むよ。恋愛なんてしたことないし、お前の話を詳しく聞いてみたいんだ」


「だから取材なんて言われても……」


 そこで口を閉じ、俺はよく考える。

 ここまで来たら、もはや鬼島にも俺たちが置かれている状況について話してしまってもいいのではなかろうか?

 ちゃんと口止めしておけば、他の連中に話してしまうことはないだろう。

 無理やり距離を取ろうとするより、むしろ仲間に引き込んでしまった方がいい気がする。


「……分かった、じゃあ、俺と月乃の関係について話すよ」


「ありがとう永井……!」


 俺は入学して早々行われた親睦会カラオケの日に遡り、月乃との関係性について話した。

 この男をどこまで信用していいか分からなかったが、彼女が俺の家に泊まったりすることも伝えておく。


「ほう、ほうほうほう……面白いな! インスピレーションが湧いてきた」


 そんなことを言って、鬼島は鞄からスケッチブックを取り出した。

 そしてせわしなくシャーペンを動かし始める。

 どうでもいいことなのだが、高速で走る電車の中で、彼の体がまったく揺れないことに驚いた。

 両手が塞がっているから、当然つり革にも掴まれない。

 それでも鬼島は、まるでただの地面に立っているかのように微動だにしないのだ。

 きっと体幹が化物じみているのだろう。

 俺とは違う列記としたスポーツマンであることを、なんだか思い知らされた気分だった。


「どうだ、この話。永井、ちょっと読んでみてくれ」


「あ、ああ……」


 急にスケッチブックを渡された俺は、言われるがままに目を通してみることにした。


「……絵うま」


 スケッチブックには、いわゆるネームらしき物が書かれていた。

 しかしネームであるはずなのに、現時点でかなり完成度が高く見える。

 俺が今まで読んできた作品の中には、これよりも粗い絵の漫画家なんて山ほどいた。

 もちろんプロと比べれば拙い部分はあるのかもしれないが、俺のような素人には正直比べられない。


「すごいな、いつから描いてるんだ……?」


「小学生の頃からだな。毎日学校とジムが終わった後に三時間練習し続けた」


「マジかよ……」


 そりゃ上手くなるわ。

 まさかクラスの中でももっともとっつきにくいだろうと思っていた鬼島が、こっち側だったなんて――――。


(……いや、こっち側ってのは失礼か)


 俺と一緒にしちゃいけない。

 ハルも、鬼島も、何かに夢中になって真っ直ぐ道を進んでいる。

 月乃だって、これからそういう人間になろうとしているんだ。

 このままでは、俺は間違いなく置いていかれる。


「……どうした? 永井」


「あ、いや……なんでもない」


 考えごとのせいで、ボーっとしてしまっていたようだ。

 慌てて取り繕った俺は、改めてスケッチブックに視線を落とす。


「絵は上手いけど……ちょっと話に合ってなくないか?」


 そこにあったネームは、導入一ページのみ。

 そ主人公である高校生の少年が、自身の推しコスプレイヤーがクラスメイトのギャルであることに気づくシーンから始まる。

 しかしなんというか……絵柄がラブコメっぽくない。

 どちらかというと重厚なファンタジーや、独自の世界観を展開する漫画向きに見える。


「ははは、そう言われることは分かってる。だからこの先の話で、バトル展開を入れる予定だ」


「バトル展開?」


「実はこのギャルは、本物の魔法少女なんだ。魔法少女と地の底から這い出てきた悪魔たちの抗争……それに巻き込まれる主人公! それこそがこの作品のストーリー!」


「俺への取材がまったく意味をなしてねぇ……」


 面白くなさそうとは言わないが、俺が語った話がまったく活かされていないことにちょっとした憤りを覚えた。

 まあ別にいいけど。

 いいんだけどさ……。


「完成したら出版社に持ち込む予定だ。デビューしたら俺のサインは高値で売れるぞ? 今書いといてやろうか?」


「……一応もらっておこうか」


 話はともかく、絵は本当に上手そうだ。

 いつかデビューしてもおかしくないだろうし、くれるのであればもらっておこう。


「ほら、大事にするんだぞ」


 そう言われて、俺はスケッチブックの切れ端に書かれた鬼島のサインを受け取る。

 

(……本名だ)


 まさかこれのままデビューするつもりだろうか?

 だとしたら全力で止めたい。


「永井は今日も雪河と桃木と会うのか?」


「ん? あ、ああ。ちょうど月乃のコスプレ衣装の素材を買いに行くところだったんだ。池袋で合流する予定だよ」

 

「そうか……なあ、それ俺もついて行っちゃダメか?」


「え?」


「コスプレ衣装づくりなんて、中々お目にかかれるものじゃない。ぜひ取材させてほしい」


 こんなにも下心のない目を向けてくる男がいるのか。

 本性はまだ分からないが、こいつの目には漫画のことしか映っていないように見える。

 もしかすると、本物の漫画馬鹿なのかもしれない。


「……別に俺は構わないけど、オーケーかどうかは二人に聞いてからでいいか?」


「もちろん」


 俺は桃木が作ったグループチャットで、鬼島の件を伝えた。

 二人とも混乱している様子だったが、とりあえずオーケーという旨が返ってくる。

 そりゃ混乱するよな。俺だっていまだ信じられないし。


「……とりあえずオーケーだって。じゃあこのまま店までついてくるか?」


「ああ、ありがとう。恩に着る」


「そこまで言うことじゃないだろ……」


 鬼島の目は、キラキラと輝いている。

 なんて純粋な目だろうか。

 普段はクラスで雄ライオンのような立ち位置なのに、これではただ玩具に夢中になっている子供だ。


(こっちの方が好感持てるけどな……)


 俺は電車に揺れらながら、苦笑いを浮かべる。

 やがて俺と鬼島は、月乃とハルが待つ池袋駅へと到着した。

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