第21話 コスプレ先輩
対価として俺の家が要求されたのなら、応えないといけない。
むしろ家に招くだけで協力してもらえるなら安いもんだ。
(それにしても……まさか高校に入学して早々女子を二人も家に招くことになるとはな)
電車に揺られて家に向かう途中、俺は窓の外を眺めながらそんな風に思った。
高校もボッチになること間違いなしだった俺の生活は、今や一変している。
それを嬉しく感じている自分が、どうにも不思議だった。
友達がほしいなんて、別に考えたこともなかったのに――――。
「コスプレするなら、ニップレスとかヌーブラ使うことも考えないとね。ブラなんてしてたら紐が見えちゃうし」
「なるほど……」
隣に座っている雪河と桃木の会話は、中々男子の踏み込みづらい内容になっていた。
公共の場で話すには少々不適切にも感じられるが、本人たちは至って真剣。
邪魔するわけにはいかなかった。
「おー……! ここで一人暮らししてるんだ!」
マンションの前にたどり着いた桃木が、建物を見上げて声を出す。
なんとも新鮮な反応だ。
雪河なんて慣れすぎたせいか、まったく表情が変わらない。
「……あんまり期待しないでくれよ。別に特別なもんがあるわけじゃないし」
部屋の鍵を開けて、二人を中に招き入れる。
そしてリビングまで案内したところで、桃木が歓声を上げた。
「おー! すごい! 本棚がいっぱい!」
リビングを見回しながら、桃木は一番近くにあった本棚へと近づいていく。
「うわ、全部ぎちぎちじゃん……よくこんなに集めたね」
「昔から小遣いとかお年玉でコツコツな……まあ、好きに過ごしてくれ。あ、漫画もラノベも自由に読んでいいけど、中断する時は栞を使ってくれ」
「はーい!」
気のいい返事だ。
俺はインスタントコーヒーを淹れるため、キッチンへと向かう。
「雪河はいつもの淹れ方でいいとして……桃木、お前はコーヒー飲めるか?」
「コーヒー? ミルクと砂糖多めなら飲めるよ!」
「じゃあ淹れとくか……」
お湯を沸かして、粉末を入れたカップに注ぐ。
その間リビングにいる二人は、何やらオタク話に花を咲かせていた。
「うわー! 『マリハレ』も全巻揃ってる……! 一応全部読んでるけど、もう結構前だからなぁ」
「面白いよね、『マリハレ』。ハルは誰が好き?」
「あたしはミコトかなぁ……体型的にも合いそうだし」
「コスプレイヤーの視点じゃん」
「一回コスプレにハマるとそういう視点になっちゃうの! 月乃だってすぐ分かるよ!」
「そうかなぁ……」
心なしか、桃木のテンションは教室にいる時よりも高い気がする。
雪河が初めてこの部屋に来た時も、ずいぶん楽しそうにしていたことを思い出した。
「これは入り浸りたくなりますわな……なんか居心地いいもん」
俺が戻ってきたのを見て、桃木はソファーに座る。
感触を確かめるようにクッション部分を触っていた彼女は、ふと改めて部屋全体を見回した。
「そういえば……男子の一人暮らしのはずなのに、めっちゃ綺麗じゃない? もしかして月乃が通い妻みたいに掃除しに来てたりして……」
「通い妻って……!」
雪河の顔が赤くなる。
そんな分かりやすく照れたような反応をされると、こっちとしても動揺してしまうのだが――――。
「掃除ならいつも自分でやってるよ。汚いのはあんまり好きじゃないから」
「え……⁉ 自分で⁉」
桃木が驚いた様子で俺を見る。
うちは両親は仕事はできるけど、それ以外のことは苦手中の苦手だった。
そんな家を少しでも綺麗に保とうとしていたのが、何を隠そう息子であるこの俺。
ずっと掃除、洗濯、料理くらいは自分でやっていた。
だから親も一人暮らしを許してくれたのだと思う。
「ふ、ふーん……すごいね……なんか負けた気分」
「私も……」
何故か落ち込んでしまった二人を見て、俺は頬を掻く。
こんなこと、やろうと思えば誰にでもできるんだけどな。
「月乃、この男絶対に逃がさない方がいいよ。将来有望。間違いない」
「だ、だからなんの話⁉」
雪河のやつ、やたらとからかわれているな。
そんな動揺する必要もないのに。俺と雪河が付き合うなんてありえないのだから。
――――自分で言っていて少し悲しくなるな。
「……てかさ、これはただの提案だから、普通に二人が嫌なら断ってもらっていいんだけど」
「「……?」」
「コスプレ衣装づくりさ、ここでやればよくない?」
そう言って、桃木はリビングから寝室までを一通り目で追っていく。
「あたしがミシンを持ってくれば作業できるでしょ? この広さなら衣装を作るにも十分だし」
「……確かに」
別にこの部屋をそういう目的で使ってもらうのは構わない。
俺だって手伝えることがあるかもしれないし。
「ついでにあたしも入り浸って漫画読みたいし」
そっちが本音なんだろうな、多分。
「永井がオーケーしてくれるなら、私もそれがいいかも……人の視線があるとやらなきゃって気持ちになるし」
「俺も別に問題ないぞ。部屋を使う分には好きにしてもらっていい。コスプレ衣装を作ってるところなんて、人生でも中々見られるものじゃないと思うしな」
俺たちがそう言うと、桃木がパチンと手を叩く。
「じゃあ決まり! 早速明日から取りかかろうよ!」
「待て待て。まだ結局素材も買えてないし、すぐに始めるのは無理じゃないか?」
「あ、そっか。ってことは明日も買い出し?」
ミシンだけあっても、縫える物がなければ意味がない。
明日も池袋に寄って、桃木のアドバイスを元に素材を買うべきだろう。
「雪河」
「何?」
「桃木に体のサイズを測ってもらったらどうだ? コスプレ衣装を作るなら必要なんだろ?」
「あ、そうだった」
桃木曰く、体の正確なサイズは衣装を作る上で最初に知っておく必要があるとのこと。
ならば買いに行く前にそこだけはきちんと調べておかなければならない。
おそらく一人では測りにくいだろうし、俺が手伝うわけにもいかないわけで。
「ハル、体のサイズってどう調べる? やっぱりメジャー?」
「うん、これを使うんだよ」
そう言いながら、桃木は自身の鞄からメジャーを取り出した。
「まさか、持ち歩いてるのか?」
「長さを調べられる物は基本持ち歩いてるよ? 素材とか小道具とか、長さが大事な物はたくさんあるからね」
言われてみれば確かにその通りだとは思うのだが、実際に常に持ち歩いている人を見ると中々変人だ。
桃木が持っているのは、確か周囲測定用のメジャーだったはず。
円柱を測る際などに使われる物だ。
「それじゃ早速測っちゃおっか。今測っておけば、明日そのまま買い物に行けるもんね」
「そう、だね」
展開の速さに、雪河は少々面食らっている様子だった。
「じゃあ寝室の方で測ってくるから、永井はこっちで待っててね。あ、絶対覗いちゃだめだから!」
「分かってるよ……」
「いや、そこは無理やりにでも覗くべきでしょ」
「何言ってんの?」
訳が分からないことばかり言う桃木を睨みつけると、彼女は笑いながら悲鳴を上げて、雪河の手を掴む。
「あはー! 永井が怒った! 月乃、逃げよう!」
「え? あ、ちょっと……!」
桃木は寝室の方へ雪河と連れ込むと、そのまま扉を閉める。
ずいぶん楽しそうだったな、あいつ。
やはり雪河も桃木も、オタク趣味が許容される空間に来ると途端に明るくなる気がする。
やはり普段そういう話ができない分、抑圧されたものが解放されるのだろうか?
そう言う気持ちになるのは、まあ、分からない話ではない。
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