第20話 協力者
店を出た俺たちは、近くにあったチェーン店のカフェに入った。
各々飲み物だけを注文して席に着き、どことなく妙な雰囲気を醸し出しながら、お互い顔を見合わせる。
「えっと……それで、あたしの話をすればいいのかな?」
「そうなるな」
「……月乃と永井だから話すんだからね。他の人には絶対に言わないでよ?」
その要求に、俺たちは頷く。
「じゃあ、その……あたしがあそこにいた経緯をもうちょっと話すね」
注文したミルクティーで口を潤した桃木は、か細い声で自分のことを語り始めた。
「オタク趣味に目覚めたのは、中一の時。たまたま夜中に見たアニメにハマって、それからそういう文化が好きになった」
「コスプレにハマったのは?」
「中二の時。ネットで知り合ったオタ友とコミケに参加して、その時にコスプレイヤーさんを見て憧れちゃった」
雪河の質問に答えた桃木は、懐かしそうに目を細める。
「それから頻度は少ないけど、お小遣いでちまちま衣装の素材買ったりして……二年弱くらいで十着は作ったかな。まあそのせいで普通のオタ活が難しくなってるんだけどね」
そう言って、桃木はたははと笑う。
コスプレ素材を買うだけで、大金が飛んでいくことは身に沁みて分かった。
一着であれだけの金が飛ぶなら、漫画やライトノベルを購入するだけの余裕は確実になくなる。
「ていうか、衣装は全部手作りなのか? 初めてコスプレをやるって決めた時から?」
「うん。おばあちゃんがお裁縫得意だから、横で見ててもらいながら作ったよ。最初はぐちゃぐちゃだったけど、ぱっと見は綺麗だったから満足だったなぁ」
「……なあ、桃木。その画像ってあるか? ちょっと見てみたいんだけど」
「え⁉️ は、恥ずかしいんだけど」
「? 誰かに見せたりはしてないのか?」
「いや……SNSには載せてるけどさ、クラスメイトに見せるってなると別の恥ずかしさがあるっていうか」
もじもじしながらも、桃木はスマホの画面を俺たちに見せてくれる。
その画面には、様々な作品のキャラになりきった桃木が写っていた。
驚いたことに、よく見なければどのキャラも桃木とは分からない。
それだけすべてのコスプレのクオリティが高いということだ。
「ハルすごい……再現度高すぎ」
「マジでアニメから出てきたみたいなクオリティだな……」
俺たちが手放しに褒めると、桃木は照れた様子で頬を掻いた。
「ま、まあ? それほどでもあるかな?」
照れながらも、桃木は胸を張る。
桃木は雪河よりも身長が低く、スタイルもメリハリがあるとは言いづらい。
しかもこの写真は中学生の頃の物。
よく観察すれば、今よりも顔があどけないことが分かる。
しかし彼女は、その自身のスタイルをしっかりと理解して、己に合ったキャラのコスプレを徹底している。
俺が感心したのは、そういう部分だった。
もちろん体型がかけ離れたキャラに扮してはいけないというわけではないが、なんというか桃木のコスプレの仕方には、作品に対する強い愛のようものを感じるのだ。
「あたしの趣味はこんな感じ……で、月乃もコスプレしようとしてるんだっけ?」
「うん、ずっとやってみたくてさ。永井に協力してもらって、資金調達までは終わったんだけど……」
「なんのキャラやるの?」
「『マリハレ』のメリー」
「あー! 銀髪だし、スタイル的にも似合いそう!」
桃木が興奮した様子で叫ぶ。
似合いそうって意見は同意だが、桃木の目の色が変わったことが気になった。
「いいなぁ、月乃って胸もお尻も大きいから、多分盛る必要ないよね。背も割と高いし、厚底履く必要もなさそう……いいないいな、コスプレさせ甲斐があるね!」
「は、ハル?」
「ごめんごめん、コスプレのことになるとテンション上がっちゃって……それで、もうサイズとかは測ってるの?」
「サイズ?」
「体のサイズだよ。素材を買おうとしてるってことは、もう何がどれだけ必要かってくらいは把握してるんでしょ?」
「う、うん……まあ、ね?」
雪河が俺の方を見る。
正直、ちょっと頷きにくかった。
確かに一般的なサイズで購入幅を調べたが、決して雪河の体を元にしたわけではない。
結局布のサイズは十センチ単位だし、大きなズレはないと思うが――――。
「もしかして、まだ体のサイズ測ってない?」
「……ごめん」
「もう! 駄目だよ? ちゃんと布も体のサイズに合わせて買わないと。無駄が増えちゃうし、逆に足りなくなることだってあるんだから。自分の体で使う分にプラス十センチから二十センチくらい余裕を持たせて買うの。そうすれば少しミスしても取り返せることがあるから」
なるほど、と思った俺は、今の言葉をメモに残した。
「必要な物は書き出してる?」
「一応、永井と協力してやってみたけど……」
「見せてもらっていい?」
スマホのメモに残した今日買う予定だった物を、すべて桃木に見せる。
一通りそれに目を通した桃木は、画面を見ながら一つ頷いた。
「うん、衣装の素材自体はこれでよさそう。裏地のデザインを業者に任せるのも賛成かな。……二人とも、裁縫の経験は?」
俺と雪河は同時に首を横に振る。
家庭科の授業で針に糸を通したことくらいはあるが、あれを経験というにはあまりにもおこがましい。
「それだと最初は難易度高いかもね……自由に使えるミシンはあるの?」
「いや、ミシンも持ってないんだ。最悪被覆室にあるやつを借りようと考えてたんだが……」
「月乃が学校でそんなことやってたら、すぐに目立っちゃうよ? 絶対プライベートのミシンがあった方がいいと思う」
そう告げた桃木の言葉には、どれも説得力があった。
コスプレ衣装を作り上げるためには、かなりの作業時間が必要になる。
いくらコソコソやったとしても、誰にも見つからないというのは至難の業か――――。
「まあミシンも高いやつは高いしねぇ……自分のミシンがないのは仕方がないことだけどさ」
「桃木、何かいい案はないか? レンタルが一番いいと思ったんだが、結局いつまでレンタルする必要があるのか分からなくて、手が出せなかったんだ」
気づいたら、俺は自然と桃木に質問を投げかけていた。
コスプレに関して分からないことだらけだったのが、ここにきて雪河の知り合い+コスプレに詳しいという人間が現れた。
それに思わず頼りたくなる気持ちを許してほしい。
「うーん……じゃああたしの使う?」
「「え?」」
「おばあちゃんからのお下がりだけど、現役で使えるやつは二台持ってるよ。だから片方貸してあげる」
「いいの?」
「もちろん、親友の月乃のためだもんね」
にやりと笑った桃木の姿は、やはりとても頼り甲斐があるように見えた。
「……それで、その対価ってわけじゃないんだけど」
「何? 私でもできることならやるよ」
「ほんと⁉ じゃあさ……あたしも月乃が夢中になったっていう永井の部屋に行ってみたいんだけど……いいかな?」
そう言いながら、桃木は俺の方へとねだるような視線を向けてきた。
こんな可愛らしい表情で見つめられてしまったことと、ミシンという明確な報酬を前にして、断ることができる俺はこの世のどこにも存在していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。