第19話 予期せぬ遭遇
放課後になって、俺と雪河はコスプレ衣装の素材を求めて池袋へと向かった。
「……」
電車に揺られながら、俺は隣に座る雪河の顔を横目で覗く。
不機嫌――――とまではいかないが、明らかに不満を抱えている顔がそこにあった。
「……ん、どうしたの?」
「あ、いや……あんま元気なさそうだなって思って」
「元気は別に……うん、心配してくれてありがと。でも大丈夫。ちょっと、人間関係で疲れちゃっただけだから」
「渡辺とか中山のことか?」
「まあね……別に、悪い人たちじゃないのは分かってるんだけど」
雪河の口からため息が漏れる。
やはり俺が一軍の会話を聞きながら抱いた感覚は、間違いではなかったようだ。
「……こう言っちゃおしまいなのかもしれないけどさ、わざわざつるむ必要もないんじゃないのか?」
「うーん……まあ、あんたの言ってることは正しいんだけど」
雪側は至極難しい顔をしている。
どうやら自分の頭の中を整理しようとしているようで、そのまましばらくうんうんと唸っていた。
雪河は親から人間関係の大切さについて教えこまれ、それを心がけて生きている。
立派なことだ。俺にはできないからこそ、なお尊敬する。
しかし、誰と関係を結ぶかというのは、雪河の自由だ。
そこを縛られていい人間なんて、一人もいない。
俺が言いたいのは、つまりわざわざ山中や渡辺とつるむ必要はないのではないかということ。
雪河なら他にも仲良くできる人間なんて山ほどいる。
「出来上がった関係を壊して、それで気まずくなるくらいなら、今のままでもいいかって思っちゃうんだよね」
指遊びをしながら、雪河は言葉を続ける。
「関係を作るより、関係を壊す方が難しいっていうか……しんどくない? すごいストレス感じるんだよね」
「俺は関係を作りに行く段階で躓くんだが」
「ごめん、話した相手が悪かった」
だからそんな憐れむなって。
「別にみんな、私にとって悪い人じゃない。まあ……ちょっと面倒臭いけど。でもそれで一々関係を切ってたら、本当に大事にしたい人と、簡単に関係を切ってしまえる人の境界が、曖昧になっちゃいそうじゃない?」
「うーん……」
言わんとしていることは分かる。
俺には無い感覚だが、要は繋がりを切る要因が少しずつ軽くなっていって、やがては本当に親しい人間にすら不満を抱えるようになるのではないか……という話だ。
それでも俺としては、自分とつるんでいることをステータスにして優越感に浸っている連中とわざわざ絡む理由は、まったくないように思えてしまう。
(俺も人のこと言えねぇけどな)
自分に呆れ、ため息をつく。
自慢する相手もいないし、雪河とこうして近しい関係であることをひけらかしている気など毛頭ない。
しかし雪河の素の姿を知っているというのは、少なからず優越感に繋がってしまっている気がする。
だから俺も、人のことを言える立場ではないのだ。
「ま、これからも適度に付き合っていくよ……交友関係とか趣味に口出されたら、また考えるけど」
「そっか」
ひとまず今回の件は先送りにするようだ。
そんな話をしているうちに、俺たちは池袋へと到着する。
さて、目的は前に訪れた手芸ショップ。
雪河はバイトで稼いだ金を握りしめ、あの時は買えなかった素材たちと再び対面した。
「うん……多分買える……!」
「よし、コスプレ衣装を作る時の大体の布の大きさは調べたよな」
「うん。まずは元になる布を……」
雪河が基礎となる布に手を伸ばす。
すると、その手が別の誰かの手とぶつかった。
「あ、ごめんなさ――――」
その人物が手を引っ込め、こちらを見る。
驚いたことに、“彼女”の顔には見覚えがあった。
「……ハル?」
「つ、月乃⁉ それに永井まで……どうしてここに……はッ⁉」
混乱している様子の桃木は、とっさに持っていた紙袋を手で隠す。
しかしそんな大げさに隠すものだから、俺の目は紙袋の中にあった物を捉えてしまった。
「……ウィッグ?」
紙袋の中には、カラフルな髪の毛のような物が見えた。
それはコスプレ専門店で見たキャラクターのウィッグに極めてよく似ている。
というか、おそらくそのものだ。
「これは……その……そ、そう! 将来美容師になりたくて、カットの練習台として使おうかと――――」
「じゃあここで布を買う意味ってなんだ?」
「それは将来洋服デザインの道に進むため……?」
「俺に聞くなよ……言い分けが苦しくなってるぞ」
「う、うぅ……」
ついに諦めたのか、桃木はその場でへたり込んでしまった。
ここまで来て間違っていたら恥ずかしいが、おそらく桃木は、コスプレグッズを買うためにここに来たのだろう。
このコーナーは店側がコスプレ衣装にぴったり! と売り出している場所だし、わざわざここに来ている時点で、そう思ってしまう自分を誰が責められようか。
「まさかこの二人に見られるなんて……ん、待って、どうして二人がここにいるの?」
「「……」」
互いの意思を確認すべく、俺と雪河は顔を合わせる。
この状況、変に話をこじらせるようなことはせず、正直に話してしまった方がいいのではないだろうか?
なんとなく、桃木には話していいような気がする。
「……実はね、ハル」
雪河も俺と同意見だったようで、これまでの話を淡々と話し始めた。
俺とはオタク友達であること。
コスプレをしてみたくて、衣装づくりから始めようとしていること。
それらを真面目な顔で聞いていた桃木は、最後に感心したように息を漏らした。
「はぁ~~~~なるほどね。それで二人はそんなに仲良さそうにしてるんだ」
「え? う、うん……まあね」
「なるほどなるほど。いいね、青春って感じする。まるで『オタクなギャルは着飾りたい』の世界みたい」
うんうんと頷きながら桃木が口にした作品名を聞いて、俺は驚く。
『オタクなギャルは着飾りたい』とは、服飾系の専門学校に通っている男子学生の主人公が、久々に再開した小学校までの幼馴染のためにコスプレ衣装を作るという作品。
幼馴染はギャルなのだが、数年でヘビーなオタクになっており、主人公は作中で終始その破天荒さに振り回される。
しかし好きな物は堂々と主張するというヒロインの強気な性格に惹かれ始め、やがてはオタク趣味と衣装という要素を中心に、仲を深めていく。
オタクに優しいギャルというコンテンツの流行りに乗った、素晴らしいラブコメだ。
ただ、内容が少しセクシー方面に過激なせいで、一般人には決して浸透していない作品でもある。
つまりオタクばかりが知っている作品名を口にしたと言うことは、桃木もオタクであることに他ならない。
無論、雪河もそれを理解している。
「ハルも……オタクなんだね」
「……そうだよ! オタクだよ!」
隠すことを諦めた桃木は、涙目になりながらそう主張する。
「二人がオタクじゃなかったら、ここで潔く腹を切って死んでるところだったよ……」
「そこまでのことか……?」
「これでもクラスメイトには絶対バラさないつもりだったんだからね……! オタクだって気づかれたら絶対ユカとか気持ち悪がるし」
あのタイプの人間はそうだろうな。
長年オタクをやっていると、自分たちを毛嫌いしてくる人種は見ただけで分かる。
「……とりあえず、一旦別のところに移動しないか? 立ち話もあれだし」
「うん、そうしよう」
二人の同意を得て、俺たちは一度手芸ショップを離れた。
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