第18話 兆し

 コスプレ衣装を作るにあたって、分かったことがある。

 まずミシンはほぼ必須。

 分厚い布を縫い合わせていく中で、手縫いはあまりにも作業効率が悪い。

 次に、細かい装飾やデザインが施された布素材は、自分たちだけで作ることはほぼ不可能であること。

 そういった布は、多少金をかけてでも業者に制作を頼んだ方がいいということが分かった。

 いくら手作りで完成させていきたいとはいえ、高クオリティを求めるのであれば妥協できない部分である。


「ミシンか……一応安いやつなら買えるけど」


「安物買いだと思うけどな……途中で壊れたり使えなくなったら買い直しになるぞ」


「そっか……」


「お、ミシンのレンタルってのがあるぞ? これなら安くいけるんじゃないか?」


「でも制作にどれだけ時間がかかるか分からないよ?」


「……そっか」


 じゃあ駄目だな。

 何ヶ月間も借りてたら、それこそ購入より高くなる可能性もある。

 初心者が下手に手を出して壊しでもしたら、さらに多くの金が飛ぶ。


「そうだ、学校の被服室を借りるってのは?」


「……あー! それいいかも」


 家庭科の授業で使う被覆室。

 うちの学校には料理部はあるが、家庭科部自体はない。

 つまり放課後であれば、使わせてもらえる可能性が高いということ。


「他の人に見られる可能性も出てくるけど、それは大丈夫か?」


「んー、大丈夫じゃない? 鍵でもかけちゃえば」


「それはちょっと問題ある気がするが……」


 鍵のかかった部屋で何をしていたんだと言及されでもしたら、かなり面倒くさいことに――――って、考え過ぎか。


「まあできれば他の人には知られたくないし、学校でやるのもちょっと難しいかな……バレたらまたちょっかいかけてくる男子とか出てくると思うんだよね」


「それは間違いないだろうな」


 雪河がコスプレ好きと分かれば、己の欲に従って声をかけてくる輩は山のようにいるだろう。

 中には純粋な気持ちで近づいてくる者もいるかもしれないが、それを見分ける術を雪河は持っていない。


「とりあえず被覆室は最終手段……かな。その前に、一旦素材を買いに行かない? なんかこのままバイト代持ってると他のことにうっかり使っちゃうかもしれないし」


「おいおい……」


「素材を買っちゃえば、もう後には退けなくなるでしょ? 衣装づくりをやり遂げるためにも、先にお金の使い方を確定させちゃった方がよくない?」


「……一理あるか」


 一般販売で手に入れられるものだけでも先に買っておけば、業者に布デザインを依頼する時も予算を導きやすい。

 それで足りないと分かれば、またバイトすればいいのだ。


「明日の放課後、早速また池袋行かない?」


「分かった、そうしよう」

 

 そうして俺たちは、購入すべきものを確認するため、再び下調べへと戻った。


◇◆◇


「えー! 月乃ちゃん今日も来れないの⁉」


「ごめん、他に用があるから」


 週初め。

 俺の席の後ろでいつものように集まっていた一軍メンバーは、今日も今日とで放課後の過ごし方を話し合っていた。

 どうやら渡辺ユカがコンビニの新商品である『限定カレーチーズまん』を食べたいらしく、その方向で話が固まりかけていたのだが、ここで雪河が不参加を表明してしまったことで、話がこじれかけている。


「用って何……? そう言って最近全然一緒に来てくれないじゃん」


「別にいいじゃん。そもそも毎日集まってるのも意味分かんないし、そんな頻度で遊ぶ必要なんてないじゃん」


「っ……! そんな言い方しなくてもいいじゃん! ウチら友達でしょ⁉」


「友達……」


 雪河がそう呟く。

 果たして、彼らは真に友達と言えるのだろうか。

 友達ならば、必ず誘いに乗らなければならないのだろうか。

 盗み聞きしている身分であれだが、仮に誘われるようなことがあっても、俺は彼らのグループに入りたいとは思えない。

 こんな風に詰め寄られるような関係性に、気を許せるとは思えないから。


「ユカの言うことももっともだと思うけどな。最近付き合い悪いぞ、雪河。俺たちいつメンじゃん? やっぱお前がいてくれないと締まらねぇんだよ」


「そう言われても……」


「……まあ予定があるなら無理にとは言えねぇけどさ。もうちょい俺たちのこと優先してくれてもいいんじゃね?」


 ――――それは雪河がどうしたいかに寄るのではないだろうか。

 

「……分かった、気を付けるよ」


「おう、頼むよ」


 何故雪河が折れなければならないのだろうか。

 部外者が考えても仕方がないことだが、正直納得いかない。


「っと、ごめん。実はあたしも今日行かないといけないところがあって……」


「え、ハルも?」


 両手を合わせ、桃木が全員に謝罪する。

 そういえば雪河が、最近桃木も一軍と付き合いが悪くなってきたって話をしていたな。

 付き合いが悪くなった理由に関してはあまり興味がないが、これは一軍メンバーとしてはたまったものじゃないだろう。

 決めつけるようで悪いが、一軍メンバーは雪河と桃木が中心となっているから、一軍でいられるのだ。

 この二人が同時にいなくなるようなことがあれば、それこそ地位は暴落。

 今まで周りから羨まれていた学校生活が、一変してしまう。


「ねぇ、ハルも最近付き合い悪いよ?」


「二人してどうしたんだよ……まさか、別の奴と仲良くし始めたのか⁉」


 中山の声は、ずいぶんと焦っていた。

 雪河の気持ちがグループに惹かれていないことは、おそらくみんな気づいている。

 そしてここで桃木までもがいなくなるようなことがあれば、本当に終わりだ。


 しかし、桃木はすぐに中山の言葉に否定を返す。


「違うよ! ちょっと、その……家庭の事情でね?」


「……ほんと?」


「え、もしかしてあたしが嘘ついてるかもって言いたいの?」


「あっ……ち、違うよ⁉ うん、家庭の事情なら仕方ないね……」


「そうなんだよぉ……ごめんね?」


 白々しいな。

 誰が聞いても、桃木のセリフは嘘だって分かる。

 ただ、追及できない。

 桃木が一瞬露わにした威圧感で、渡辺は自分の立ち位置を理解したはず。

 しつこく桃木に迫るようなことをすれば、自分はこのグループから追い出されてしまう立場なんだと。

 

「これからは気を付けるからさ、今日のところは本当にごめんね?」


「……」


 そんな桃木の言葉に対し、一軍の面々は口ごもる。

 言いたいことは山ほどあっても、口にした時点で彼らは負けるのだ。

 やはり彼らのことは、ちっとも羨ましいと思えない。

 雪河や桃木に縋って、追い出されたくないから本音も言えず、常にびくびくしながら生活する。

 見返りは周囲の羨望だけ。

 それの何が楽しいのか、俺にはまったく分からないから。

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