第15話 イベントスタッフ
イベントスタッフへの登録会を終えた俺と雪河は、主に土日を中心に参加希望を出した。
すべてがすべて希望通りとはいかなかったが、参加希望を出した計四日の中で、最終日となる二週目の日曜日は、無事コスプレイベントのスタッフとして現場に行くことができるようになった。
平日は学業、土日はイベントスタッフというスケジュールは、正直かなりきつかったけれど。
しかしそれもようやく終わりが見えてきた。
あと一日。コスプレイベントのスタッフさえこなせば、雪河は目標金額を手にできる。
「というわけで、男性はテントの設営、女性は飲み物や更衣室の準備をお願いします」
来たるべき日曜日。
イベントスタッフのチーフにそう指示された俺は、隣に立っていた雪河に視線を向けた。
「頑張ろうな、最終日」
「うん」
雪河とはここで別れ、俺は外で行われているテントの設営メンバーと合流する。
「えっと、永井君か。君はそっちの足を持ってくれる?」
「はい」
俺のネームプレートを見て直接指示を出してきた人に従って、俺はテントの足部分を持つ。
人付き合いが苦手な俺だが、今回を除く三回のバイトで、少しだけその苦手意識を払拭した。
もちろん、人付き合いなんてしなくてもいいならそれに限る。
しかしこういったスタッフとして仕事をするならコミュニケーションは必須だし、やり取りができなければ仕事にならないのだから仕方がない。
それに仕事であるなら、むしろ会話はそれほど辛くない。
どうせ一日で終わる関係。気を遣う必要などまったくないのだから。
「テント固定するよー!」
熟練の方の指示で、俺たちはテントが倒れてしまわないように固定していく。
このテントは、主にイベント参加者の受付だったり、スタッフの待機場所になる。
「手が余っている人は音響機材なんかを運んでください! イベントは十一時からなので、各自それまでに持ち場についているように!」
そんな指示が飛ばされたため、ちょうど手が空いた俺は音響機材を運び出すことにした。
数名の他スタッフと共に、所定の位置へと機材を運んでいく。
機材のセットは慣れているスタッフがやってくれるため、これで一応イベント開始前にできることはすべて終わった。
「ふぅ……」
一息つくべく、俺は休憩場所に置かれていた椅子に腰かける。
すると俺の頬に、突然冷たい感触が走った。
「ひっ――――」
「『ひっ!』だって。永井、いい反応するね」
「なんだ……雪河か」
いつの間にか隣に立っていた雪河が、俺に炭酸飲料を差し出してくる。
今の冷たい感触の正体は、これだったようだ。
「ありがとう。金は……」
「別にいいよ。ここまで付き合ってくれたことへのお礼だと思って受け取って」
「……分かった」
必死だったせいで忘れていたのだが、俺は最初一人でバイトに応募する雪河を勇気づけるために付き添うことにしたんだった。
雪河の方は、それを律儀に覚えていたらしい。
俺は取り出しかけていた財布をしまい、炭酸飲料を受け取った。
「今日来るコスプレイヤーの人たちって、どんな感じなのかな?」
「想像もできねぇな。特にテーマとかはないイベントらしいから、色んな作品のコスプレが見れると思うけど……」
今日のイベントは、コスプレイヤーとそれを撮影するカメラマンが参加できるというもの。
イベント敷地内であればコスプレのまま自由に闊歩して飲み食いなどもできるらしく、様々な作品のキャラクターたちが祭りを楽しんでいる姿をイメージした光景などがテーマらしい。
「私はこの後受付で案内係だけど、永井は?」
「男子更衣室への案内係だ」
「じゃあ担当場所はあんまり離れてないね」
そう言いながら、雪河はどこか安心したように胸を撫でおろす。
ここまで来て、まだ不安なことがあるようだ。
「もうスタッフとして参加するのも四回目だろ? さすがに慣れたんじゃないのか?」
「全然。なんかやらかさないかずっと不安」
「そ、そうか……」
そう言われると、なんだか俺も怖くなってくる。
とはいえ仕事内容は、男性コスプレイヤーの更衣室の方向を声掛けし続けるだけ。
ミスが怖いというより、どちらかと言えば立ちっぱなし叫びっぱなしな体の方が心配だ。
「でも、今日頑張れば目標金額が貯まるから……しっかりしないと」
「……ああ」
本当に今日まであっという間だった。
しかしあくまでこれは資金調達という、コスプレ衣装を作るまでの準備段階。
本番はまだまだこれからだ。
「衣装づくりのためにも、今日のイベントは参考になりそうだな」
「うん、色々勉強させてもらうつもり」
そう言いながら、雪河はグッと拳を握りしめた。
◇◆◇
「こちら男子更衣室になりまーす! 男性の方はこちらでお着替えをお願いしまーす!」
男子更衣室の方向を示す看板を持った俺は、イベント参加者に向けてそう叫んだ。
十一時になってなだれ込んできた参加者の数は、まさに祭りの様。
コスプレイヤーの数も多いのだが、それ以上にカメラマンの数が多い。
その中にはただコスプレを見に来たというライトな目的の者もいるため、これだけの人数に膨れ上がったのも納得だ。
「ねぇねぇ、君知ってるかな?」
「……はい?」
突然、隣で同じく男子更衣室の案内役を任されていた男性、坂口さん(自称婚活中の三十七歳フリーター、アニメオタク)が俺に話しかけてきた。
この人、ちょっと笑い方が不気味なんだよな。
それと自分の将来もこうなるかもしれないという恐怖を与えてくるから、正直苦手だ。
「今日この会場には、芸能事務所のスカウトの人も来るって噂なんだ。だからいつもより参加者が多いって噂だよ」
「へ、へぇ……そうなんですね」
「いいよね、スカウト。僕もあと二十年若かったら、多分スカウトされてたと思うんだけど」
「た、確かに」
やばい、めちゃくちゃ離れたい。
変に受け答えしてしまったのが悪いのだろうか、それから坂口さんはひっきりなしに俺に話しかけてきた。
「僕はね、『魔法少女キャンディ』ってアニメが好きなんだ。知ってる? キャンディ」
「あ、いえ……よく知らないです」
「知らないの⁉ じゃあ説明してあげるよぉ」
急に隣で『魔法少女キャンディ』についての説明が始まった。
とっさに嘘をついてしまったが、俺はもちろんその作品についても知っている。
知っていると答えたら『魔法少女キャンディ』についての問答を求められるかもしれないと考えた上での嘘だったのだが、どうやらこの質問はどちらと答えても結果は同じだったらしい。
「僕はすごいこの作品が好きなんだ。分かってくれたかな?」
「は、はい……そりゃもう」
「でもさ、聞いてほしいのはここからなんだ!」
まだあるのかよ。
「『魔法少女キャンディ』のコスプレをしていた女の子がさ、大手の事務所にスカウトされてから一切キャンディのコスプレをしてくれなくなったんだ! ひどいと思わないか⁉ 確かに『魔法少女キャンディ』はそこまで有名なアニメじゃないし、ファンだってコアな奴しかいないけどさ! その子も作品が好きでコスプレしてたんじゃないのかなって!」
「う……うーん」
「だから僕はね、芸能界デビューはいいことばかりじゃないと思うんだ! 中でもコスプレを踏み台にして芸能界に行こうとしている子は、僕あんまり好かんのよね!」
その人たちもあんたに好かれたいとは思ってないと思うが――――まあ、それは置いといて。
確かに、よく会場を見てみると、ひたすら目立つ場所でずっとポーズを決めているコスプレイヤーさんが何人か見受けられる。
SNSのIDなんかが書かれた紙を必ず自分の近くに置いており、フォロワーを稼ごうとしているのかもしれない。
もちろんそれは結構なことだ。
ここは自己表現の場なのだから、大いにアピールしたらいい。
しかし、中にはやたらと目をぎらつかせている者もいる。
人通りが多く目立つ場所を占領しているレイヤーを睨みつけ、不快そうにしているところは、明らかにコスプレ自体を目的としているとは思えない。
(スカウト……か)
俺はふと、入場案内の方にいるはずの雪河の方に視線を向ける。
「……なんだあれ」
そこには、衝撃の光景があった。
何故か受付の周りに、人垣ができている。
その中心にいるのは、雪河と、そして見知らぬ一人の男性だった。
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