第14話 バイト探し
家に帰ってきた俺たちは、早速バイトを探し始めた。
継続的にできるバイトもやがて見つける必要があるが、今はひとまず一日単位で入れる報酬の高いバイトを探す。
「プールのスタッフとかって時期速いよね」
「夏休みだろうな、そういう募集は」
夏休みはそういう水場のバイトが稼げると聞いたことがある。
しかしそれは夏休みという長い休日を利用するからできることだ。
毎日フルタイムでシフトを入れられるから稼げるのであって、平日は真面目に学校へ通わなければならない立場としては、短期間で稼ぐというのはかなり難しい話になってくる。
「土日にフルで入れるバイトで、一日の稼ぎが一万前後が理想だよな」
「うん、それなら土曜日と日曜日両方使ったとして、二週間で四万は貯まるし……そこまでいったら十分だと思う」
「そうだな、四万あればいけるか」
三万でギリ、四万あれば多少余裕――――くらいの感覚。
それを二週間で満たせるなら、むしろ時間としては短く思える。
ただそんな条件にぴったり当てはまるような仕事なんて、中々見つからない。
あーでもないこーでもないと言いながら、探すこと数十分。
「ん……なあ、これはどうだ?」
見つけた仕事を、雪河にも見せる。
そこに書いてあったのは、『イベントスタッフ募集』の文字。
どうやら土日を中心に行われるイベントのスタッフを募集しているらしい。
場所はここからそう遠くない駅の近くで、日給は一万千円。
土日二週間分で、四万四千円貯まる計算だ。
「イベントスタッフ……いいかも。これなら目標金額も超えられるし」
「……しかもここ見てみろよ」
「え⁉」
具体的な仕事内容について書かれた部分に、コスプレイベントのスタッフという文字がある。
どうやら三週間後にある大型コスプレイベントのスタッフを募集していたらしい。
これはあまりにもタイミングが良すぎる。
もはや運命と言ってもいいかもしれない。
「これは応募した方がいいんじゃないか……?」
コスプレイベントは連日あるイベントの一つでしかなく、他の三つはコスプレとはまったく関係ないアーティストのライブだったりもするが、これを応募しない理由にするのはもったいなさすぎる。
「うん、すぐに応募してみる。永井もするんだからね」
「分かってるよ」
まずは応募フォームから生年月日と性別などを入れて、募集先に応募。
しばらく待つと、『登録会』の案内というメールが送られてきた。
「どうやらこの登録会に参加して、身分証明をしないといけないみたいだな」
「面接みたいなもの?」
「多分そんな感じじゃないか?」
お互いに日程を調節して、今週中に登録会に参加することが決まった。
とんとん拍子に話が進んでいて怖くなるが、別に何を損する話でもない。
ちょうど俺もオタク活動代を稼ぎたかったから、ここでは退かないと決めた。
「はぁ……バイト初めてなんだけど大丈夫かな」
「まあ、まずはやってみないとな。それに俺たち高校一年生がバイトしたことないっていうのは当然だし」
「……それもそっか」
ほとんどのバイトは、応募要項を高校生以上にしているわけで。
バイトとはいえ、仕事である以上真面目にやるべきではあるが、強い責任感を抱きながらやる必要はない――――はずだ。
「一人で働くわけじゃないもんね。永井だっていてくれるし」
「……」
そう言いながら、雪河は俺の肩に自身の肩を軽くぶつける。
こういうボディタッチで心を揺さぶられてしまうのは、きっといつまでも慣れないんだろうな。
「……そういえばさ、コスプレ衣装が完成したとして、その後どうするんだ?」
「その後?」
「撮影とかするんじゃないのか? コスプレって」
「あ……考えてなかった。自分がそのキャラになり切れるならそれでいいかなって」
雪河のきょとんとしている顔を見るに、本当に何も考えていなかったのだろう。
無関係な俺が言うのはおかしいかもしれないが、せっかく素材にこだわって再現度を上げようとしているのに、雑な撮影で済ませるのは勿体ない。
(コスプレイベントはあるけど、スタッフ側だしなぁ……)
それに最初からそういうイベントに出るのは、きっとハードルが高い。
次に思いつくのは、スタジオを借りた個人撮影か。
「確かに……撮影はしてみたいな。コスプレ衣装を作るなんて、一生に一回の経験かもしれないし」
「……続ける気はないのか?」
「まだ分からないよ。趣味が続くっていうのが、私の中にはない感覚だから」
そうか、雪河にとって今回のコスプレは、自身がどこまで物事に夢中になれるかの実験なんだ。
「でも、少なくともこの一着だけは全力を出してやり切るよ。その上で判断してみる」
「……そうか」
この一回で終わるかもしれないのなら、それこそ全力を出さないとな――――。
◇◆◇
「はぁ……桃木も雪河もいないとしまらねぇー」
新しく開店した駅前のファミレスで、一年A組の中心メンバーがたむろしていた。
彼らのテンションは、全体的に低い。
それもすべて、雪河月乃と、桃木春流がいないからである。
「なんか最近付き合い悪くね? 特に雪河」
「最近ってか、まだ同じクラスになってから一か月も経ってないけどね……ま、付き合い悪いってのは同意かな」
山中と渡辺がそんな話をしていると、他のメンバーも同意するように頷く。
実際毎日のように遊んでいる彼らだが、雪河は二日に一回くらいの頻度でしか参加しなくなっていた。
桃木もここ数日は途中で帰るなどの行動が増えている。
一軍メンバーは、ビジュアルが飛び抜けている雪河月乃と桃木春流がいてこそ。
つまるところ、彼女らが参加しているグループこそが一軍と呼ばれるのだ。
二人が違うメンバーで固まるようになれば、一軍はそのグループのものになる。
一軍にいることをステータスと思っている彼らにとって、二人の付き合いが悪くなり始めているこの状況は、かなりよろしくない。
「なあ、お前はどう思うよ、鬼島」
「ん?」
話に参加せずスマホを弄っていた鬼島は、いつも通り冷めた視線を山中へ向ける。
「あー……まあ別にいいんじゃね、二人だって都合悪い時くらいあんだろ。俺だってジムがある日は付き合えねぇし」
「お前は事情が分かってるからいいんだよ! でもあいつら用があるって言うだけで濁すしさぁ……」
「……」
「それに噂なんだけどさ。雪河が男と歩いてるのを見たって言ってる奴がいて……」
山中がそう告げた途端、この場にいた鬼島以外の男が前のめりになる。
「マジかよ⁉ 相手は⁉」
「なんだっけ……うちのクラスの……永田?」
「ん? そんな奴いたっけ?」
永山、永浜、そんな名前がいくつか並ぶ。
しかし彼らは、結局クラスメイトの名前を思い出せなかった。
それだけ自分たち以外の存在に興味がないのだろう。
ただ一人、鬼島を除いて。
「――――永井じゃねぇのか、そいつ」
「あー! そう! 永井だ! って鬼島、知ってんのか? 永井のこと」
「クラスメイトなんだから名前ぐらい分かるっつーの」
「ああ、そりゃそうか」
「……」
「永井ってあれだろ? あの……陰キャのさ、いつも一人で飯食ってる奴」
そこまで言っても、一軍メンバーの中にはピンと来ていない者が多かった。
「ま、まあ、いくらなんでも雪河がそいつと付き合ってるなんてのはあり得ねぇよな。不釣り合い過ぎるっつーか」
「だな!」
皆がゲラゲラと笑う中、鬼島だけが不快そうに顔をしかめていた。
そして盛大にため息をつくと、財布から千円札を取り出し、テーブルに置く。
「悪い、今日は俺も先帰るわ。体動かしたくなっちまった」
「お、おう、そうか。また学校でな」
「ああ、またな」
席を立った鬼島は、一切振り返らないままファミレスを出る。
そして空を見上げ、もう一度盛大にため息をついた。
「……なんか、面倒臭くなっちまったな」
その一言は、当然誰の耳にも届かない。
彼の足は、そのまま駅の方へと歩き出した。
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