第13話 夢中になれる人
店内には、男性キャラも女性キャラも特に区別なく雑多に置かれている。
一応作品ごとにまとめてあるようだが、あまりにも衣装の数が多すぎてそのコーナー自体が見つかりにくい。
「上は小物コーナーか……」
衣装を取り扱っているのは、どうやら今いるフロアのみらしい。
他の階では、ウィッグや小道具を取り扱っているようだ。
となるとこのフロアをもう少しうろうろしなければならないということになるのだが――――。
「永井! あったよ!」
「お……」
テンションが上がった声色で、雪河が俺を呼ぶ。
呼ばれるがままに合流してみれば、そこには確かに『マリハレ』のコーナーがあった。
「すごいすごい、全員分あるよ」
そこには主人公とヒロイン四人分の衣装が並んでいた。
どの衣装も、あの複雑そうな作中のデザインが忠実に再現されている。
「へぇ、思ったよりも精巧なんだな……」
「ね。ぶっちゃけもう少し安っぽいかと思ってたんだけど」
そう言いながら、雪河が衣装に触れる。
しかしその途端に、彼女の表情が少し曇った。
「……どうした?」
「……永井、ちょっとあんたも触ってみて」
「あ、ああ……分かった」
触れた瞬間、雪河の表情が何故曇ったのかを理解する。
この衣装、外見の再現度はかなり高いのだが、服自体の素材が中々安っぽい。
ペラペラというか、ただ似せているだけというか。
いや、コスプレ衣装なんだから、再現度が高いことが一番であることは分かっている。
しかし素材がこうも安っぽいと、どうしてもこの衣装自体がハリボテに見えてきてしまって、最初に見た時の感動が薄れてしまった。
「しかも値段見て」
「え? ……げっ」
衣装の値段を見て、思わず声が出る。
そこには、想像以上の値段が書いてあった。
キャラによって値段が少し違うのだが、一番安いキャラの衣装で諭吉が一枚以上かかる。
これは簡単に手を出せる代物ではない。
「一応、上には小物系が置いてあるらしいぞ」
「……見てみよっか」
俺たちは上の階へと足を運ぶ。
表記の通り、この階にはキャラクターのウィッグや、武器やアクセサリーなどの小物が並んでいた。
男子らしく刀や剣には強い憧れを持つ俺だが、それらの値段を見てまたもや愕然とする。
「衣装一着と大して変わらねぇ……」
平均が、諭吉一枚以上。
幸い、メリーは刀や剣は持っていない。
その代わりに、身長大の大鎌を持っている。
そして驚いたことに、この店ではその大鎌もきちんと取り扱っていた。
値段は一万五千円。
どれだけ安く仕上げようと思っても、この時点で二万五千円はかかる計算だ。
とても高校生の財布では届きそうにない。
おそらくこれでもかなり安い方なんだろう。
素材などのコストを極限まで抑えて、お手頃価格で誰もがコスプレできるようにしてくれているわけだ。
確かに外見はそのままだし、自分で働いている社会人なら、そこまで手が届かない物でもないのかもしれない。
「コスプレ衣装ってこんなに高いんだな……まあ結局は服だし、別に不思議なことじゃないか」
「そうだね……私もパパとママから生活費を振り込んでもらって生活してるけど、これを買っちゃったら今月パンの耳生活かも」
コスプレなど、夢のまた夢。
そう思っていた矢先、俺はあることを思いつく。
「なあ、これって手作りしようと思ったらいくらかかるんだろうな」
「え、手作り?」
「ああ、もしかしたらそっちの方が安いんじゃないかって思って」
自炊した方が外食よりも安く済むように、自分でPCパーツを集めて組み立てた方が安くなるように。
全部自分たちで賄うことができれば、もしかしたらここまで高い値段を払わずに済むかもしれない。
それに生地の材質にだって、おそらくある程度こだわることができる。
どうしても出てしまう安っぽさを減らせるわけだ。
「……確かに、ちょっと見てみる? 確かこういうのは……なんだっけ、手芸のお店だったかな? そういうところに行けば売ってるかも」
「よし、行ってみるか」
俺たちは一度コスプレショップを出て、再び池袋を歩く。
向かう先は、手芸専門店。
スマホで場所を調べてなんとかたどり着いたその店には、俺のような人間とはなんとも縁遠い景色が広がっていた。
「すげぇ……本当に手芸用品しか売ってない」
「そりゃ専門店だし……でも見て、あれなんて早速コスプレに使えそうじゃない?」
雪河が指さした先には、カラフルな布たちが綺麗に並べられていた。
近づいてみると、確かに『メリー』のイメージに近い色と素材に見える。
少し高級感があるというか、やはり厚みが違うというか。
「十センチ単位で値段が増えていくみたい。最低限の長さにすれば、多分コスプレ衣装より安くなるよ」
「確かに……なんとかなりそうな予感がしてきたな」
それから俺たちは、『メリー』の画像を見ながら必要そうな素材を見繕っていった。
しかし、こうして計算していってみると、俺たちにとってはあまり嬉しくない現実が待ち受けていた。
「小物まで全部自作しようと思うと……一式買うのと大して変わらないな」
「そうだね……そもそも『メリー』って装飾多いし」
二人してがっくりと項垂れる。
ここに靴やカラーコンタクトの値段も加わるわけで。
そういった細かい装飾もすべて計算に入れたら、平気でコスプレショップに置いてあった衣装を超えてしまう。
「ただ、間違いなくリアルになるよね」
「……それはそうだろうな」
衣装一式を買うより、こういった素材で一から作り上げた方が、高級感は出る気がする。
問題なのは、値段と技術。
値段は短期バイトを見つければなんとかなる可能性が高いが、技術は現状どうしようもないだろう。
今から身に着けることはできるだろうけど、いつそれが実用可能な技術になるかは分からない。
それなら学びながら一つ一つ作っていくことが理想的だが、そうなるとトライアンドエラーを繰り返せるほどの資金力が必要になってくる。
どの手段を選ぼうとも、全体的にハードルが高いことは間違いない。
「……雪河は、どっちがいい?」
「え?」
「金だけ貯めて、衣装を一式買うのか。それとも、その金を素材購入に使って、一から『メリー』の衣装を作り上げるのか」
「……」
衣装を着たいと願っているのは、俺ではない。
すべては、雪河の意思次第だ。
「――――ずっとさ……何かに夢中になれる人を羨ましいって思ってた」
衣装の素材となりそうな布を眺めながら、雪河はポツポツと語りだす。
「スポーツとか、勉強とか、全部私は中途半端で……なんかずっと冷めてるっていうかさ。言ってなかったけど、あんたのことだって尊敬してる。あそこまで趣味を貫ける熱意、私にはないから」
雪河の真っ直ぐな視線が、俺を射抜く。
まさかそんな風に思われているとは考えていなかったため、正直面喰らってしまった。
「だから何か一つでも、全力で走り抜けてみたいって思うんだよね」
「……つまり?」
「私、一から衣装作ってみる」
その真っ直ぐな眼差しには、強い決意が込められているように見えた。
俺からしたら、その決意こそ羨ましい。
今からでも変わろうと思えるその心が、俺にはとにかく眩しく映った。
「そこでなんだけど……永井もちょっとだけ手伝ってくれないかな?」
「それは別にいいけど、何をすればいいんだ? 悪いけど俺もコスプレに関してはずぶの素人だし……」
「できれば、一緒にバイトを探してほしいんだけど」
「その程度でいいのか? 別にそんなのいくらでも――――」
「ついでにそのバイト先で一緒に働いてほしいんだけど」
「ついでのレベルを超えてないか? それ」
衝撃的な要求だった。
しかしよく考えてみれば、俺もバイトを探そうと考えている時期だったし、タイミングは悪くないのではなかろうか。
俺も一人でバイトに応募するよりは、雪河がいてくれた方がよほど気持ちが楽になる。
「……分かった、一緒に探して、一緒に働いてみよう」
「マジ……? ありがと永井!」
「うおっ⁉ ちょっと……!」
突然腕に抱き着かれ、その柔らかい二つの感触が伝わってくる。
過剰にもほどがある刺激を受けた童貞オタクは、もはや慌てふためくことしかできなかった。
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