第12話 嫉妬……?

 ピリッとした緊張が走る。

 別に俺と雪河の関係がバレようが何しようがどうでもいいとは考えていたが、いざその機会が迫ると色々なことを考えてしまう。

 雪河は一軍メンバーの誘いを断って、今ここに来ているわけで。

 断る口実に出てきた先約が俺のような奴だったら、納得できないメンバーがいてもおかしくない。

 

(いや、落ち着け……今ならまだ誤魔化せる)


 幸い雪河は化粧直しに行っている。

 今なら俺一人でいることにできるし、誤魔化しも利くはず。


「き、奇遇だね、桃木……」


「ねー。永井はここで何してんの?」


「ああ、好きな漫画の新刊を買いに来たんだよ」


 そう言って、俺は『デイアフ』の最新刊を見せた。

 ここまでは嘘を言っていない。

 頼むからこの時点でどこかに行ってくれ。

 興味ないだろ、こんな話。


「っ! 『デイアフ』じゃん! 最新刊今日だったんだ……」


「……あれ? 知ってるのか?」


「えっ⁉︎ い、いや……うん、ちょっとお兄ちゃんが読んでてさ」


「……?」


 どうやら桃木も『デイアフ』のことは知っていたらしい。

 少し様子がおかしくも見えるが――――。


「永井って漫画とか好きなんだ」


「ああ! もちろん! 漫画もアニメもラノベも大好きだよ!」


「へ、へぇ……」


 ほら、お前ら一軍メンバーが嫌いなオタクだぞ。

 さっさとここを離れてくれ。雪河が帰ってくる前に。


(……あれ?)


 俺はある違和感に気づき、周囲を見回す。


「そういえば、他の一軍……じゃなかった、他のメンバーは?」


「ああ、用があって抜けてきたの。今はあたし一人だよ」


 なるほど、道理で他の一軍メンバーが見当たらないと思った。

 正直、いないのであればありがたい。

 もし他にもメンバーがこの辺まで来ているなら、帰るのも一苦労だった。


「……あのさ、永井。実は――――」


「ん?」


「――――いや、ごめん。やっぱなんでもない! それよりさ、永井ってこの後暇?」


「え?」


「せっかく会ったんだし、ちょっとデートしない?」


「で……デート⁉︎」


 急に縁のない誘いを投げかけられ、素っ頓狂な声が漏れてしまう。

 それを聞いた桃木は、前にカラオケに誘ってきた時のように笑い出した。


「あはは! 声おもろ」


「全然面白くないだろ……俺の声なんて」


「いや、おもろいよ? それでどう? あたしとデート」


「……悪いけど、俺もこの後用があるんだ」


「あー……残念!」


 たははと笑いながら、桃木はおでこを押さえる。

 一瞬、彼女が本気で残念そうな顔をした気がしたのだが、気のせいだろうか? 

 なんにせよ、ここでこれ以上話を長引かせるのはよろしくない。

 変に追求するのはやめておこう。

 勘違いの可能性の方が高いし。

 

「じゃあまたね、永井。学校で会おう!」


「ああ、また」


 サムズアップして去っていく桃木。

 彼女の背中が小さくなったのを確認して、俺は息を吐く。

 こんな隠キャにも気を使って話しかけてくれるなんて、本当に桃木はいい奴だ。

 こっちとしては会話を続けられる自信がないから、できれば勘弁してもらいたいが。


(そういえば……)


 今桃木の奴、アニマイトの方から歩いてこなかったか? 

 ――――いや、まさかな。

 彼女もオタクだなんて都合のいい話があるわけがない。

 ただアニマイトのある方から歩いてきただけだろう。


「……お待たせ」


 勝手な妄想を頭から追い出していると、背後から雪河の声が聞こえた。


「ああ、戻ったか……って、どうしてそんな不機嫌そうなんだ?」


「別に? なんでもない」


 そう言いながら、雪河はドカッとベンチに座り込む。

 化粧直しの時に何かあったのだろうか?

 俺が何かやらかした記憶は一切ないのだが。


「……今ここにいたの、ハルだよね?」


「え? あ、ああ、見てたのか?」


「私も永井との関係を変に詮索されたくないし、遠くから見てた。永井が鼻の下伸ばしてたところもバッチリ見てたよ」


「鼻の下を伸ばしてた⁉︎ 俺が⁉︎」


「伸ばしてたじゃん、ハルに言い寄られて」


 何故か雪河は不貞腐れたように頬を膨らませていた。

 しかしいくらなんでも鼻の下伸ばしてたは言いがかりだと思う。


「もう……私とデートしてるんだから、他の女の子とあんま仲良く話さないでよ」


「ちょ、ちょっと待て、これってデートだったのか?」


「――――あ、ま、待って! 今のなし! なしだから!」


 雪河が慌てて自身の発言を否定する。

 学校にいる時ほどではないが、俺の前でも基本落ち着いた声でしゃべる彼女が、まさかこんなに大きな声を出すとは。

 よほど失言だったんだろうな、多分。

 泥沼にはまりそうだから、こちらからつつくことはやめておこう。


「……よく分からないけど、なんか、悪かったよ」


「いや、あんたは悪くないから……うん、悪くないから」


 後半の言葉は自分に言い聞かせているみたいだった。

 ひとまずもう落ち着いてくれたらしい。


「……とりあえず、帰るか?」


「うん……」


 妙な空気になってしまった。

 ただいつまでもここにいるわけにはいかない。

 俺たちは駅に向かって歩き出す。


「……あ」


「ん?」


 隣を歩く雪河が、声を漏らす。

 彼女の視線の先、そこには『マリオネット・ハーレム』のヒロイン、日本人形がモデルの『ミコト』のコスチュームを着た女性が歩いていた。

 いわゆるコスプレというやつだろう。

 

「いいなぁ……ああいうの」


「雪河、コスプレに興味あるのか」


「え? あ……うん、ちょっとだけね」


 雪河は少し照れた様子で、自身の頬を掻いた。


「自分の好きな作品の登場人物になるって、すごい素敵なことだって思うんだよね。クオリティを高くしようと思えば、お金だってすごいかかるわけだし……それって作品愛の一つじゃない?」


「……そうかもな」


 はっきりしたことは言えない。

 何故なら俺はコスプレがしたいと思ったことがないから。

 それでも、雪河の言葉が間違っていないことだけは分かる。

 

「あのさ、ちょっと見て行きたいところがあるんだけど、いい?」


「いいけど、どこに用があるんだ?」


「コスプレグッズが売ってるところ」


 そう言って雪河は、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。

 

◇◆◇


 雪河の案内に従って歩くこと数分。

 俺と雪河は、コスプレグッズ専門店の前にたどり着いた。

 アニメキャラたちの衣装や小物が所狭しと並んだ店内は、なんとも独特な入り辛さを醸し出している。


「実は日本に来てから何度もこういう店の前まで来たんだけど……なんとなく入れなくてさ。でも今日は永井もいてくれるし、入れる気がする」


 そんなことを言いながら、雪河は店の中へと入っていく。

 彼女にそこまで言われたら、俺もここで尻ごみするわけにはいかない。

 俺は意を決して、雪河の後ろをついていく。


「いらっしゃいませー」


 俺たちが入ってきたのを見た店員が、遠くからそんな風に声をかけてきた。

 どこを見ても、目がチカチカするほどのカラフルな衣装だらけ。

 まるでここは二次元の世界のようだ。


「――――っと、それで……雪河はなんのコスプレがしたいんだ?」


 世界観に飲み込まれそうになっていた俺は、抱いていた疑問を雪河へと投げかけた。

 同じくフリーズしかけていた雪河はハッとした様子を見せると、少々目を泳がせながら口を開く。


「あ、えっと……『マリハレ』の『メリー』になってみたくて」


「メリーか……髪色的にも体型的にも合ってそうだな」


 怪談話が元となった人形、メリー。

 彼女はヤンデレ気質のあるキャラで、事あるごとに主人公の背後から現れるという元ネタの特徴がしっかり活かされた設定を持っている。

 そして彼女の特徴は、長く美しい“銀髪”。

 雪河だったら、髪型をセットするだけで再現できてしまえるだろう。


「そういえば、雪河の髪って地毛なのか? そんなに綺麗な銀髪って中々いないと思うんだが」


「ううん、元々銀髪寄りだったけど、もうちょっとくすんだ色だったんだよ。それをきちんと美容院で染めてもらって、この色にしてる」


「なるほどな」


「……実はここまでの銀髪にしてもらったのは、いつかメリーのコスプレをしたいと思ってたからなんだよね」


 そう言いながら、雪河は昔を思い出すかのように目を細める。

 

「『マリハレ』のコーナーとかあるのかな? 一緒に探してよ」


「ああ、分かった」


 俺は雪河のコスプレ衣装のために、雑多な店内の中を探し回ってみることにした。

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