第11話 遭遇
雪河と不思議な関係になってから、早くも一週間以上が経過した。
相変わらず雪河は、クラスの中心をキープしている。
彼女自身が望んだ形ではないものの、俺のように相変わらずボッチを極めている者よりは圧倒的に健全だ。
「今日さ、あそこ寄って帰らねぇ? 駅前にできた新しいファミレス」
「いいねー!」
昼休み。
今日も一軍メンバーたちは、どこかで遊ぶ約束を立てているようだ。
それを周りの二軍、三軍メンバーたちが羨ましそうに見ている。
自分の周囲にある関係を大事にすればいいのに、人間というのはどうしても上にいる者たちを羨ましく思ってしまうらしい。
「月乃はどうする?」
桃木が雪河に問いかける。
それに対し雪河は首を横に振った。
「ごめん、今日は先約があるから帰るね」
「そっか、分かった」
席を立った雪河を、桃木は普通に見送る。
しかし鬼島以外の一軍男子は、どこか残念そうな表情を浮かべていた。
おそらく雪河のことを狙っているのだろう。
実際彼女とお近づきになりたいがために一軍メンバー入りを目指す者は多い。
(おっと、見てる場合じゃないな)
俺はすぐに席を立ち、教室を出た。
下駄箱で靴を履き替え、学校の敷地内から外へ。
すると学校の外壁に寄りかかって、雪河がスマホをいじっていた。
「お待たせ」
「ん」
俺たちは並んで駅に向かって歩き出す。
ちなみに、俺たちの関係は誰にも言っていないが、別に隠しているわけでもない。
それでも周りにはバレていないと思う。
まさかあんな陰キャが天下の雪河と一緒に放課後を過ごすわけがないと認識されているんだろうな、多分。
「何してんの? 早く行くよ。新刊売り切れちゃう」
「そりゃないと思うぞ……?」
そう、俺たちはこれから池袋のアニマイトに大人気漫画、『デイ・アフター・フューチャー』の新刊を買いに行く。
『デイ・アフター・フューチャー』通称『デイアフ』とは、巨大隕石によって文明が崩壊した日から、生き残ってしまった者たちのその後を描いた物語。
人が消えたことで奇しくも美しくなった世界が、超画力で繊細に描かれている。
「なんか普通に『デイアフ』の画集とかほしいんだけど」
「分かる。多分連載が終わったら出るんじゃないかな」
そんな話をしながら、電車に乗って池袋へ。
東口の出入り口から外に出て、歩くこと二、三分。
俺と雪河は、新装されたアニマイト池袋店へとたどり着いた。
「私アニマイト初めてなんだけど、平日でも結構人いるんだね」
店の中に入ると、確かに平日とは思えないほどの人気があった。
買い物のためによく来る場所ではあるが、今まで気にしたこともなかったな。
「はぐれるなよ」
「子供扱いしてる……?」
雪河を連れて、階段を上る。
そしてたどり着いた漫画フロアにある新刊コーナーへと向かった。
「あったあった」
見つけた『デイアフ』の新刊を手に取る。
「よし……他に買いたい物ってあるか?」
「とりあえずざっと見て回りたい。気になったのがあれば買うかも」
「分かった」
二人で漫画コーナーをぐるぐる回る。
家の本棚を見ると俺もずいぶん集めたものだと誇らしくなる時があるのだが、こうして数えきれないほどの本が並んでいるところを見ると、まだまだなんだと思い知らされる。
「あ、この漫画の新刊出てたんだ」
「それなら家にあるぞ」
「……帰ったら読もう」
そんなやりとりを繰り返すこと数回。
雪河が俺の部屋に来ることを『帰る』と認識してくれていることが、妙に照れ臭くなってしまった。
「……」
「どうしたの? 体調悪い?」
「いや、そういうのじゃないから安心してくれ」
「……?」
言えない。
照れすぎて黙ってしまったなんて。
「と、とりあえず『デイアフ』だけ買ってくる。ちょっと待っててくれ」
「え、なんで? 私も一緒に行くよ」
「へ?」
「だって私も読みたい本だし、折半した方がよくない?」
「……」
そういう考え方もあるのか。
確かにこの本に関しては、前提として俺と雪河の二人で読む物となっている。
これまでの本は、もちろん俺一人が読むために購入していた。
そう考えると、今後買う予定の本は二人で折半していった方がいいのかもしれない。
「……いや、それでも俺一人で払うよ」
しかし俺は、その提案を断ることにした。
「どうして?」
「本を集めるのは俺の趣味だから。自分の金で買わないと、集めた気にならないんだよ」
「うーん……そういうことなら引き下がるけど」
「提案自体は嬉しかったけどな」
俺はそう告げて、レジへと向かう。
雪河の提案を断った理由には、今告げた趣味だからというものの他に、もう一つ異なるものがあった。
それは、いつ雪河が部屋に来なくなるか分からないというもの。
根本的に俺は、他人に対して強い期待ができない。
自分にすら期待できないのに、他人に判断を委ねることができるわけないのだ。
もしかしたら雪河が、急に別のコンテンツにどハマりして、俺の家に来なくなることだってありえる。
そうしたら、二人で買った本は宙ぶらりんだ。
俺はその本を堂々と自分の物とは言えないし、処分するにも雪河に許可を求めないと心がモヤモヤしてしまう。
だったら最初から自分の金で買って、自分の物として堂々と置いておける方がありがたい。
俺は雪河とオタ友でいたいと思っている。
これは俺の中には今までなかった感情だ。
だからって、今のような距離感が必要かと言われたら、そうではない。
雪河と好きなことについて語れるだけで、俺は満足なのだから。
◇◆◇
「ねぇ、もうこれ読んでもいい?」
アニマイトを出た途端、雪河が購入したての『デイアフ』を指して言った。
「え、ここで読んでいくのか⁉︎」
「もう我慢できないんだもん……!」
「ま、まあいいけど……」
アニマイトの近くにある広場のベンチに座って、雪河は漫画の包装を開ける。
まあ天気もいいし、外でのんびり読書というのも悪くはない。
(……俺はラノベでも読んでるか)
カバンから読みかけのライトノベルを取り出した俺は、続きからページをめくっていく。
ライトノベルも好きなのだが、やはり小説というのは読み切るのに時間がかかってしまう。
長く楽しめるのは素晴らしいことだが、やはり触れる作品が時間的に限られていくのが難点だ。
それからしばらくお互いに本を読む時間となり、感覚では三十分ほどが経過したかなといった頃。
隣から、雪河のすすり泣く声が聞こえてきた。
「ぐすっ……うう……」
「……ティッシュいるか?」
「いる……! ありがと……」
号泣している雪河に、ポケットティッシュを渡す。
そんなに泣けるのか、『デイアフ』の最新刊。
帰ったらすぐ読もう。
「……ごめん、ちょっと化粧直してきていい? 今顔絶対ブスだから」
「あ、ああ、いいけど」
「すぐ戻るから……!」
ベンチを立った雪河は、そのまま公園を立ち去ってしまう。
まったくもってブスではないと思うのだが、女子の基準というのは相変わらず分からない。
「さて……」
俺は再びライトノベルを開く。
このうちに『デイアフ』を読んでもいいのだが、読みかけの作品を放置しておくのは気が引けるタイプなため、しばしお預けだ。
「あれ――――もしかして、永井?」
「え?」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
すると何故かそこには、クラスの一軍メンバーである桃木春流が立っていた。
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