第10話 似た者同士

「ごめん、起きた時に隣に私がいたら驚くかなーって思ってベッドに入ったら、そのまま寝ちゃってた」


 その後起きた雪河は、まだどこかボーっとしたままそう説明した。

 寝起きであれば誰だってこんなものだろう。

 逆に俺は起きてから少し経ったため、もう頭はすっきりしている。

 心の動揺はまだまだ治りそうもないが――――。


「心臓に悪いから……本当に」


「マジごめんって……ちょっと顔洗ってくるね、今多分すごいブスだから」


「え? 別にそんなことはないと思うが……」


「私の中ではブスなの」


 むしろ寝ぼけていて可愛らしいと思ったが、雪河はすぐに洗面所の方へと逃げるように走り去ってしまう。

 残された俺は、一旦ベッドを整え、リビングで待つことにした。


「お待たせー……マジ寝起きってブサイクすぎて笑えるんだよね」


「別に全然可愛らしかったと思うけどな」


「……それお世辞?」


「そういう気の使い方は苦手だぞ、俺」


「……じゃあ、ありがと」


 照れた表情を浮かべながら、雪河は俺の隣に腰掛ける。

 可愛いなんて言われ慣れてるだろうに、今更照れたりするんだな。


「とりあえず……朝飯食べるか? 簡単な物ならまた作るけど」


「え、マジ? お願いしたいんだけど」


「了解。ウィンナーと目玉焼きでいいか?」


「うん、もちろん」


「よし、じゃあちょっと待っててくれ」


 俺はキッチンに移動し、朝食の準備を始める。

 食パンをトースターで焼きつつ、卵とウィンナーをフライパンへ。

 朝食なんてこれで十分。

 最後に目玉焼きのために軽く水を入れて、黄身に火が通ったら完成。

 雪河は半熟が好みということで、気を付けたのはそこくらいだ。


「できたぞー」


 ウィンナーと目玉焼き、そしてトーストを乗せた皿を、雪河の前まで運ぶ。


「普通に豪華な朝食じゃん……」


「このくらいで何言ってんだ……ほら、食べよう」


「いただきます」


「いただきます……」


 手を合わせ、朝食を口に運ぶ。

 どれも自分では食べなれた味ばかり。

 しかし雪河にとってはそうではなかったようで、何故か感動したように目を輝かせていた。


「うまっ……! こんなちゃんとした朝ごはん食べるの久しぶり過ぎるんだけど……!」


「そんな大げさな……」


「マジだって! こういうの家じゃ絶対作らないんだから」


 そういえば昨日、家ではコンビニ飯かカップ麺って言ってたっけ。

 

「私なんて、温かい物が食べられるだけ嬉しいんだからね」


「……これくらいでいいならいつでも作ってやるよ」


「あ、言ったかんね? じゃあ泊まった時は絶対作ってもらうから」


 雪河が俺の肩を指でつつく。

 それに照れた俺は、思わず顔を逸らす。

 このボディタッチが凶悪なのだ。

 こっちを勘違いさせる要素しかない。


「……てか、今日はこのまま家でダラダラするって感じでいいのか?」


「うん。私はそのつもり」


「分かった。じゃあまたコーヒーでも淹れてくるか……」


 食べ終わった皿を片付け、キッチンで洗い物を済ませる。

 そしてインスタントコーヒーを二人分淹れて、テーブルに置いた。


「ありがと。この家ほんと快適すぎ。もう帰りたくないんだけど」


「さすがにずっといたら飽きると思うけどな……狭いし、不便なことも出てくるだろ」


「私にとっては、広いのに誰もいない家よりマシかな」


 そんな風に言いながら、雪河はコーヒーを啜る。

 雪河の両親は写真家で、海外を飛び回っていると言っていた。

 帰ってくるのはひと月に一、二回。

 家族三人暮らしの家に一人で住むとなると、そりゃ寂しくも感じるだろう。


「……ねぇ、永井はさ、どうして一人暮らししてんの?」


「急にどうしたんだよ」


「そういえば一人暮らししてる理由を聞いてなかったなって。あ、言いたくないことなら別に誤魔化してもらってもいいから」

 

 思い返してみれば、確かに言っていなかった気がする。

 別に大して重い理由があるわけでもないんだが……。


「……うちの親も仕事人間って感じでさ。昔から俺もいわゆる鍵っ子だったんだけど」


 鍵っ子とは、親が昼間仕事に出ていて、学校から帰ってきた時に家に誰もいない環境にいる子供を指す。

 共働きで実家とも別の場所に住んでいた我が家は、今の雪河と同じように基本俺一人でいることが多かった。

 それが寂しかったとか、そういうわけではない。

 俺には、夢中になれる漫画やアニメがあったから。


「結局家にいても一人なら、一人暮らししたって変わらないんじゃないかって思ってさ。勢いで提案してみたら、『むしろ会社の近くに住んでくれた方が、いざという時駆け付けられるからありがたい』って話になって……」


「え、それで一人暮らし始めたの?」


「きっかけはこんな感じだったぞ」


「ぶっ飛んでるね……あんたの家」


 まあ、それはそうかもしれない。

 ただ雪河には言わないつもりだが、一応マイナスな理由が一つある。

 直接言われたわけではないが、両親は俺の世話と、仕事に集中したいという気持ちでせめぎ合っていた。

 だから今俺が一人で暮らしている状況は、二人にとってはありがたいものであるらしい。

 世間から見れば褒められた親ではないのかもしれないが、最低限努力してくれているだけ、俺はとても感謝している。


「でも、寂しさを創作物が埋めてくれたってところは、私と一緒だね」


「雪河も?」


「中学まで海外の学校に通ってたって言ったでしょ? 元々私って積極的じゃなかったし、ハーフとはいえどうしても外国人って扱いで仲間に入れてもらえなかったし……そうやって孤立した私を支えてくれたのが、アニメとか漫画だったんだよね」


「……なるほどな」


 雪河とやけに気が合う理由が分かった気がする。

 俺と彼女は、根っこが似ているのだ。

 

「でも海外では新しいアニメとか漫画を知る機会が少なくて……それで新しい作品に疎いんだよね」


「そういうことだったのか」


「ということで、今日もたくさん本読んでいい?」


 そわそわした様子で、本棚を見る雪河。

 その姿があまりに微笑ましくて、俺は思わず噴き出すように笑ってしまった。


「はははっ、ああ、いくらでも読んでってくれ」


「あ、なんかちゃんと笑ってるところ初めて見た気がする」


「いや、別にこれまでも笑ってただろ?」


「あんたはどう思ってるか分からないけど、なんかずっと遠慮してる感じだったよ?」


「……そうかなぁ」


 確かにずっと立場の違いのようなものは感じていたけれど。

 ――――あ、それが俺を遠慮させていたのか。


「今日は何読もうかな……またおすすめ聞いてもいい?」


「新しめのやつなら、『鬼の恩返し』が結構面白かったかな」


『鬼の恩返し』は、昔話のような世界観を舞台に、かつて自分を助けてくれた町娘のために最強の鬼が力を貸す……というストーリー。

 親の残した借金に苦しむ娘を救うため、金貸しのアジトを壊滅させるシーンは、もはや圧巻というほかない。

 とにかく漫画家の画力が高く、迫力が桁違いなのだ。

  

「面白そう……それから行こうかな」


「よし、じゃあ持ってくる」


 そうして本棚に向かおうとした瞬間、俺はあることを思いつき、雪河の方へ振り替える。


「……どうせ一日中家から出ないなら、今のうちにコンビニに買い出しにでも行くか?」


「っ! ポテチとかあったら最高だね……!」


「よし、行こう」


 俺たちは昨日の夜と同じように、近所のコンビニへと向かった。

 こうして、最高の休日が幕を開ける――――。

 

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