第9話 なんともベタな起床

 アイスだけを買って、俺たちは部屋に戻ってきた。

 そして帰ってきて早々、俺はキッチンに立つ。


「……なんか、見られてると恥ずかしいんだけど」


「私のことは気にしなくていいから」


「そう言われても……まあ、いいや」


 料理を作るところが気になるのか、雪河は何故か邪魔にならない程度の位置から俺を見ていた。

 人に見られながら料理を作った経験がないせいで、妙に緊張してしまう。

 とはいえ、俺が作る料理なんて中々料理とは呼びにくいものばかりだが。


「一応聞くけど、焼きそばって嫌いじゃないよな?」


「嫌いじゃないよ。むしろ好き」


「じゃあ今日は焼きそばで……」


 簡単でありがたいなぁ。

 俺は冷蔵庫から焼きそばの麵と粉を取り出す。

 それとキャベツ、そして冷凍しておいた豚肉を用意して、ざく切り、解凍を終わらせる。

 最後にそれら全部を混ぜ合わせながら、火を通して完成。

 味付けは焼きそばの麺についていたソースの粉と、大さじ一杯程度のウスターソース。

 ちなみに麺をほぐす時は、先に軽くレンジで温めておくと楽になる。

 家に料理酒があるなら、焼きながら回しかけてもいいらしい。


「できたぞ、簡単焼きそば」


「ありがと……めっちゃ手際よかったね」


「まだ一か月くらいだけど、一応ほぼ毎日作ってるからな……少しはできるようになるって」

 

「毎日作ってんの? えっら」


 やたらと褒めてくれるな、こいつ。

 悪い気はしないけど。


「冷める前に食うぞ。味はまあ……普通の焼きそばだと思う」


 ソファーの前に二人分の皿を持って移動する。

 そして二人そろって手を合わせた後、麺に箸をつけた。


「んっ……! うま」


 一口食べた途端、雪河は嬉しそうに俺の方を見てきた。

 これだけ喜んでもらえたら、作り手冥利に尽きる。

 本当にただの焼きそばなんだけどな。


「マジで偉いね、永井。私なんていっつもコンビニご飯とかカップ麺で済ませちゃうのに」


「別にそれが駄目なんて思わないけどな。俺はできるだけ金を使いたくないから自炊してるだけだし」


 今回は見栄を張って具を入れたが、具なし焼きそばで済ませる時だって多々ある。

 ここまでケチると、さすがにコンビニ弁当の方が栄養があるはずだ。

 さすがにそうなってしまうとよろしくない。


「昼は俺も購買だしな。コンビニで買うより安いから、つい頼りがちになるっていうか……」


「それは分かる。なんなら夜の分まで買ってくからね、私」


「それって怒られねぇの……?」


「怒られないよ? 購買のおばさんからめちゃくちゃ食う子だって思われるだけ」


「地味に嫌だな」


 そんな話をしているうちに、俺たちは焼きそばを食べ切った。

 雪河が皿洗いを買って出てくれたため、俺は一人ソファーに腰掛けて体を休める。

 

(なんか、同棲してるみたいだな……)


 ふとキッチンの方を見れば、そこには皿を洗ってくれている雪河の姿。

 時間はもう二十三時に迫ろうといったところ。

 このまま今日も彼女が泊っていくのだと思うと、心臓が大きく高鳴った。


(くそっ……別に何か起きるわけでもないのに)


 こんなに心を乱されている自分が恥ずかしい。

 自分と雪河が特別な関係になることはないと理解しているはずなのに、どうしても変な期待をしてしまう自分が恥ずかしいのだ。

 少なくとも雪河は、俺を友達として見てくれている。

 その気持ちを裏切りたくない。


「お待たせ……どうしたの?」


 俺が頭を抱えていると、いつの間にか雪河が戻ってきていた。

 慌てて顔を上げた俺は、首を横に振る。


「っ! い、いや、なんでもない。皿洗いありがとう」


「作ってくれたんだから、これくらいはね。……で、今日はどうする? 正直もう結構眠たくて、ゲームとかは難しいかもなんだけど」


「それは俺も同じだ。今日は早めに寝た方がいいかもな」


「明日は朝からダラダラしていい?」


「俺は止めませんよ」


「じゃあ一日中ダラダラしよっと」


 そんな風に言いながら、雪河は俺の隣に腰掛け、可愛らしく足をパタパタさせる。

 ただ楽しげに揺れているだけなのに、どうしてここまで魅力が出るのだろうか?

 美少女、おそるべし。


「寝るならベッドを使ってくれ。俺はソファーで寝るから」


「え? 待ってよ。私がソファーで寝るって」


「仮にも客人なんだから、ソファーで寝かせるわけにはいかないだろ」


 それに、仮にここが俺の家じゃなくても雪河にはベッドで寝てほしい。

 確かにソファーも柔らかいけれど、寝るにあたってベッドに勝る物ではないはず。

 雪河には、寝違えることなく朝を迎えてほしいのだ。

 とはいえ、家主特権を使って無理やり言うことを聞かせるなんて真似はしたくない。


「これはもう……じゃんけんしかないね」


「ああ、同じことを考えてた」


 俺たちは互いに拳を構える。

 意見が割れたらこれで解決。

 古事記にもそう書いてある。


「「最初はグー! じゃんけんポン!」」




(勝っちゃった……)


 いつも通り自分のベッドで横になった俺は、なんともいえない表情を浮かべながら天井を見上げていた。


「……なあ、やっぱり――――」


 いたたまれなくなり、俺はリビングの方にいる雪河に声をかける。


「いいから。じゃんけんの結果は絶対でしょ?」


「そう……だけどさ」


「そんなに言うなら、一緒にベッドで寝る?」


「なっ……」


「冗談冗談。ほら、もう寝るよ。だいぶ眠気も限界だから」


「……分かったよ。おやすみ」


「うん、おやすみ」


 やはり雪河の冗談は心臓に悪い。


 罪悪感を抱きながらも、俺は目を閉じる。

 しかし徹夜がかなり響いていたようで、すぐに強烈な眠気が襲ってきた。

 遠慮していた自分はどこへやら。

 いつの間にか、俺はあっさり意識を失っていた。 


◇◆◇


「ん……」


 特に何かきっかけがあるわけでもなく、俺はベッドで目を覚ました。

 ぐっすり寝られたようで、体調はかなりよくなった気がする。

 休日の朝としては、最高の始まり方だ。


「……?」

 

 起き上がるためにベッドについた俺の手が、何か異物を捉える。

 嫌な予感がして視線を向ければ、そこにはいるはずのない雪河が横たわっていた。


「んっ……」


(やべっ!)


 なんとベタな――――と思われるかもしれないが、俺の手はあろうことか雪河の胸に触れてしまっていた。

 慌てて腕を引っ込めると、何故か雪河は名残惜しそうに手を伸ばし、やがて諦めたのか、その手は力なくベッドに落ちた。


「なんで雪河が俺のベッドに……」


 この件に関しては、彼女が起き次第早急に確認する必要がありそうだ。



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