第7話 早くも二回目

(結局昼休みまでほとんど寝ちまった……)


 俺は購買で買ったパンを食べながら、深くため息をついた。

 眠気が強すぎて、一限目から四限目の記憶がほとんどない。

 一限目なんていつ始まったのかすら分からないくらい深く眠っていた。

 おかげで頭はだいぶすっきりしたが……。


(まあ、授業は一応録音したから大丈夫だと思うけど)


 念のため、全部の授業をスマホで録音しておいた。

 容量の問題で動画はないが、音だけあればおそらくなんとかなるだろう。


 勉強は嫌いだが、将来のためにはやるしかない。

 人間関係を築くのも苦手、特別な特技もなし。

 そんな俺がこの先も様々なコンテンツに触れていくためには、勤勉さを売りにして働くしかない。

 いい大学を出て、それなりの会社に就職して、それなりに稼ぐ。

 コンテンツを摂取するためには、どうしたって金が必要なのだから。

 

(高校生になったし、なんかバイトでもするか……?)


 生活費に関しては、高校入学と同時に親からはまとまった金を渡されている。

 コンテンツ消費以外に目立った浪費のない俺は、まだその金に手を付けずにいた。

 正直な話、できれば卒業まで手を付けずにそのまま残しておきたい。

 社会に出る時に、貯金なしというのは精神的な負担になる。

 こういった考えは、中学に上がった頃にほしかったアニメの特典付きブルーレイを購入するために、それまで貯めたお年玉をすべて使って親にこっぴどく怒られた経験から来ている。

 貯めた金をどう使おうが俺の勝手だが、親としては計画性もなく使ってしまったことが問題だったらしい。

 あの後しばらく金がなくて漫画が買えなかったし、親のお叱りはもっともだと今になって思う。

 この世界はいつ限定グッズが出るか分からない。

 常に余裕を持った生活を。

 オタクだからこそ、たくさんの貯蓄が必要なのだ。


「おーい! そろそろ男子が着替えるから、女子は教室を出てけー」


 突然現れた体育教師が、教室の中に向かって告げた。

 ぼちぼち昼休みも終わる。

 女子がいなくなってから着替えを済ませた俺は、そのまま体育館へと移動した。



「へい! パスパス!」


「っ……」


 二チームに分かれて行われているバスケの試合。

 ボールを手にした俺は、同じゼッケンを着けている仲間にボールを回した。

 

「よっしゃ!」


 受け取ったのは、中学までバスケをやっていたという一軍メンバーの一人、山中だ。

 山中は目の前にいた敵チームの一人を抜き、華麗なレイアップシュートでゴールを決めた。

 皆に褒めたたえられながら、山中が守備をするために自陣へと戻ってくる。

 

(よし、これで一応役には立ったな)


 運動はあまり好きじゃない。

 しかし動かずにサボっていると思われたくないし、こうして多少なりとも貢献しているところを見せて、責めるほど動いていないわけじゃないという地位を取りに行く。


「ナイスパス、永井」


「へ?」


 そんな誰からも注目されていないはずの俺に、鬼島が声をかけてきた。

 彼はすまし顔で俺の背中をバシバシ叩いて、自陣へと戻っていく。

 嬉しいとか以前に、困惑した。

 皆が山中を褒める中、何故特に絡みもないはずの俺に声をかけてきたのだろう。

 

(もしかして他の一軍メンバーも、俺が思っているような奴らじゃないのか……?)


 なんて考えている間に、敵チームが攻めてきてしまった。

 今は彼らのことについて考えている場合じゃない。

 俺はせめて足手まといと思われないよう、敵チームのパスコースを塞ぎに走った。



 

(……しんど)


 あれから別のメンバーと交代するまで走り続けた俺は、へとへとになって体育館の壁際に座り込んでいた。

 俺をある程度動ける奴と認識したバスケ経験者から、やたらとこき使われた結果がこの疲労である。

 下手くそだからこそ、それっぽい動きで誤魔化していただけなのに。


「……おい、見ろよあれ」


「うはっ、やっぱ雪河っていいよなぁ~」


 近くにいた男子二人が、女子のコートを見ながらそんな話をしていた。

 あまりの低俗さに、なんとなく耳を傾けてみたことを後悔する。


「確かハーフなんだろ? スタイルいいよなぁ」


「あー、マジで挟まされてぇ」


「おいおい、それは気持ち悪すぎだろ……まあ同意するけど」


「やっぱり男のロマンだよなー」


 この二人だけではない。

 ボールを持って駆けまわる雪河には、多くの男子の視線が集まっていた。

 理由はもちろん、走るたびにその主張を強めてしまう胸元にある。

 意識して逸らすようにしないと、どうしてもそこに視線が吸い寄せられてしまうのだ。

 男というのはどこまでも愚かな生物だ、本当に。


(俺も含めてな……)


 思わず盛大なため息が出る。

 三次元にはほとんど興味がなかったはずの俺の視線まで吸い寄せるとは……おそるべし、雪河月乃。

 

「月乃! シュートして!」


「っ!」


 敵チームから奪ったボールを、桃木が雪河へと回す。

 そしてスリーポイントラインから、雪河はゴールに向けてシュートを放った。

 綺麗な弧を描いたボールはリングに弾かれることもなく、そのまま決まる。

 そしてそんなシュートを決めた雪河を称えるため、チームメイトが押し寄せていった。


(運動神経も抜群なのか……あいつ)


 あんなの見せられたら、余計にちやほやされるだろうな。

 しかし雪河自身は、クラスメイトに囲まれても相変わらずクールな態度を見せている。

『マリハレ』を読んであれだけ泣いていた女とは、到底思えない。


「そういや二年のサッカー部の片倉先輩が、さっそく雪河に告白したらしいぜ」


「え、マジかよ⁉ 結果は⁉」


「あっさり撃沈だってさ。たまたま見てた奴から話が広まってる」


「片倉って確かサッカー部のエースでクッソイケメンなあの人だろ? よく断ったな……俺が女だったら即オーケーするけど」


「あんだけ美人だし、めっちゃ理想も高いんじゃね? 石油王とか」


「そりゃ無理ありすぎだろ……」


 先ほどの二人が、そんな話をしながらケラケラと笑っている。

 片倉先輩が誰かは存じ上げないが、一年生でも知っているほどの有名人となると、イケメン度合いもレベルが違うのだろう。

 そんな人をあっさり振るとなると、皆から理想が高いと言われても仕方がない気がする。

 ただ、あの雪河のことだ。

 知らない人から好意を向けられても気持ち悪いだけ、なんて平気で言ってのけそうなイメージがある。

 まあなんにせよ、俺には関係のない話だ。


◇◆◇


 授業が終わり、その日の放課後。

 昨日と同じように帰ろうとした俺の後ろで、再び一軍メンバーが何かを話し合っていた。


「今日はどうする? 明日休みだし、なんかしようぜ」


 そう言いだしたのは、体育の時に大活躍だった山中。

 同意を示す一軍メンバーたちの視線は、すぐに雪河の方へと向けられた。

 

「……今日も? 昨日カラオケしたじゃん」


「い、いや、でもさ、昨日は俺たちだけじゃなかったし、やっぱいつメンで遊んでおきたくね?」


 乗り気ではなさそうな雪河を見て、山中が慌てた様子でまくしたてる。

 そんなに雪河にはいてほしいのだろうか?

 別に彼女が乗り気でないのなら、遊びたいメンバーだけで遊べばいいのに。


「しかも月乃ちゃん急に帰っちゃったじゃん。気を付けてよ、ああいうの白けちゃうんだから」


 もう一人の女子が、雪河に対してそう言い放った。

 そのあまりにも理不尽な要求に対し、思わず顔をしかめてしまう。

 そんな俺と同じことを思ったのか、雪河の顔も少し険しくなった。


「なんで私がただ帰るだけなのに気を付けないといけないの? 別にクラスの人みんないたんだから、私抜きで楽しめばいいだけじゃん」


「そ、そういうんじゃなくてさ、ウチら一応グループみたいなもんなんだし、みんなで足並み揃えて行こうって話で――――」


 あまりいい雰囲気ではなくなったところで、桃木が二人の間に割り込む。


「はい、ストップストップ! 月乃もユカも落ち着いてよ。言い争ったっていいことないよ?」


「でもハル……!」


「ユカ? いくらあたしたちが友達でも、毎日必ず一緒に遊ばないといけない理由なんてないんだよ? 月乃にだって事情があったんだろうし」


「……」


「これからもあたしらと遊びたいんでしょ? ユカ」


「う、うん……」


 桃木の説得で、もう一人の女子は引き下がった。

 説得というか、あれはもはや脅しに近い。

 あのグループの中心は、どう足掻いても雪河月乃。

 そんな彼女にいつまでも盾突くなら、グループから追い出す――――桃木はそう言いたかったのだろう。


「まあまあ、あたしは今日も付き合うからさ! 結局月乃は今日は無理ってことでいいの?」


「……いや、夕方までは行けるよ」


「ほんと⁉ ありがたいわぁ~」


 取り持ち方が上手いな、桃木。

 俺の知っている人間の中では、一番コミュ力がある人間と言っていいかもしれない。

 それにしても、雪河は雪河でめちゃくちゃ律儀だ。

 俺だったら絶対に行かないぞ、少なくとも今日は。


「鬼島は?」


「あー、俺はいいや。今日はジム行くし」


「そっか、じゅあ他のメンバーで行こう」


 話がまとまったため、一軍メンバーはゾロゾロと教室を出ていく。

 結局最後まで聞いてしまった俺は、少し間を置いてから教室を出た。


「ん……?」


 廊下を歩いている途中、俺のスマホに雪河からメッセージが届く。


『今日二十時くらいにそっち行ってもいい?』


「……」


 その問いに対し、俺はすぐに『オーケー』と返した。

  

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