第6話 一晩を過ごして
鳥のさえずりが聞こえ、俺はカーテンの隙間から漏れる光を見る。
時刻は朝の七時。
ソファーに腰掛けていた俺は、隣に座っている雪河に声をかけた。
「朝……だな」
「うん……朝だね」
「徹夜しちまったな……」
「そうだね……」
がくりと同時に項垂れる。
まずは事の顛末を話そう。
昨日の晩、俺たちはしばらく各々の過ごしたいように過ごしていた。
しかし零時を回って少しした頃、『時をかける宅配便』を読み終わった雪河と、感想交換会を行っていた時のこと――――。
「あ、これ『スマシス』じゃん」
テレビ台に置いてあったゲーム機に気づいた雪側が、その隣に置いてあったゲームソフトを手に取った。
『スマッシュシスターズ』、略して『スマシス』。
様々なゲーム作品の女性キャラを集めたお祭り格闘ゲームで、プロ部門などもある超有名ゲームである。
「ああ、去年買ってから全然やらなかったんだけど、一応持ってきたんだった」
「え、なんで? 面白いんでしょ、これ」
「やる相手がいなくて……」
「……そっか」
「あの、本気で憐れまないでくれる?」
余計惨めになるんで。
「じゃあ一緒にやろうよ、これ。私やってみたかったし」
「おお、いいね……でも時間大丈夫か? もう零時回ってるし、そろそろ寝ないと明日辛いだろ」
「んー……少しなら大丈夫じゃん?」
「……そうだな。少しならいいか」
人とやる『スマシス』が初めてだったせいで、俺は柄にもなくワクワクしていた。
まずは繋いですらなかったゲーム機をテレビに繋ぐ。
そしていざ二人でコントローラーを持って、ゲームを起動した。
――――それこそが、最大の過ち。
「永井、なんかキャラ少なくない?」
「全然やらなかったからな……確かストーリーモードをクリアすると解放されるんじゃなかったか?」
「ストーリーって協力プレイできる?」
「でき……るみたいだな」
「じゃあサクッとやっちゃおうよ」
永井と共に、ストーリーモードを攻略していく。
お互いほぼ初心者状態だったせいで、最初は雑魚敵にも悪戦苦闘。
しかし徐々に操作感覚を掴んでいって、やがてはボスを倒せるまでに成長した。
そうして雪河のお目当てのキャラは解放されたのだが……。
「なんか、ここまで来たらクリアしたくない?」
「……分かる」
お目当てのキャラが解放されたのは、ほぼ終盤と言っていいタイミングだった。
ここまで進めるのにかかった時間は、三時間程度。
あと一時間くらいなら、多少眠いかもしれないが明日も乗り越えられるだけの睡眠は確保できる。
「よし、行くぞ」
「うん、頑張ろう」
――――そこからの記憶は、少々朧げだ。
まずラスボスがとにかく強かったことは覚えている。
そして道中に出てきた敵幹部キャラみたいな連中も、軒並み強かった。
一戦一戦きちんと苦戦して、なんとかラスボスを倒してエンドロールが流れ始めたその時、時刻はちょうど七時を指していた……というわけである。
「面白かったけどさ……夢中になりすぎだよね、私たち」
「ムキになりすぎたな……まさかあんなに負けるなんて」
「これ子供でもやってる子いるんでしょ? 勝てるの? あんな敵」
「きっと今の子供は俺たちよりもゲームが上手いんだよ」
「……なんかショック」
そう言いながら、雪河は大きなあくびをこぼした。
「……準備しなきゃ。ちょっと洗面所借りるね。メイクしたいから」
「あ、そうか、うちの学校ってメイクオーケーだっけ」
「ナチュラルならね。少なくとも隈くらいは隠さないと……」
まるでゾンビのような足取りで、雪河は洗面所に向かって歩いていった。
ぶっちゃけナチュラルメイクとそうではないメイクの違いは分からないが、女子の中では常識的なことなのだろう。
(その点、男は簡単だよな……)
俺は雪河がいないうちに、寝室の方で制服に着替えた。
朝の準備はこれでおしまい。
後はバッグを持って家を出ればいい。
「はぁ……マジで眠いね」
そんな言葉をつぶやきながら、雪河がリビングに戻ってきた。
その顔色は幾分か明るくなっており、メイクという名の努力が見て取れる。
「すごいな、綺麗に隈が消えてる」
「まあ下地とコンシーラーがあればこれくらいはね」
「すごい、何用語か全然分からん」
「メイク用語だよ。……そろそろ学校行く?」
「ああ、雪河の準備がよければ」
「私はいつでも行けるよ」
雪河は自分のスクールバッグを拾って、肩にかける。
「ねぇ、次はいつ来ていい?」
「へ?」
「まだ読みたい本もあるし、一緒に『スマシス』もやりたいんだけど」
ねだるような視線を向けられ、俺の心が強く跳ねる。
こちらとしても心の奥で願っていたことではあるのだが、まさかここまではっきり言われるとは思っておらず、酷く動揺してしまった。
「べ、別にいつでも大丈夫だ。俺がいる時なら」
「分かった。……その言葉、鵜吞みにするからね」
そう言いながら、雪河は俺の肩を小突いた。
◇◆◇
それから俺と雪河は一緒に電車に乗り、学校へ向かった。
そして俺は今確かに自分のクラスにいるのだが……。
(ここまでどうやって来たのか、記憶がない……)
どうやら電車の中で爆睡してしまったようで、気づいたら学校の最寄り駅についていた。
しかし俺の家から学園までの移動時間は三十分もない。
睡眠時間はよくて十分前後。
当然のように、まだまだ眠い。
(こりゃ今日の授業はダメダメだな……)
入学から一週間以上が経過し、授業は徐々に本格的になっていた。
こんな眠い頭ではついていけるわけがない。
そして問題なのは、五限目にある体育。
確か今日は体育館でお遊びバスケだった気がする。
楽な授業ではあるが、ボーっとしていては怪我は必至。
なんとか休み時間を睡眠に当てて、頭を覚醒させたい。
「あれー? なんか月乃眠そうじゃない?」
桃木と思われる声が聞こえて、俺はちらりと振り返る。
相変わらず一軍メンバーたちは雪河の席の周りに集まっており、朝っぱらからやけにテンションが高い様子を見せていた。
しかし雪河だけは、いつも通りローテンション。
いや、なんならいつも以上にテンションが低く見える。
徹夜した後なのだから、当然と言っちゃ当然だ。
「もしかして昨日ドラマ一気見とかしてた?」
「ドラマ……? ああ、うん、ドラマね……そうそう」
「今度あたしにも教えてよ! 月乃が何見てるのか知りたいし」
「あー……じゃあ見繕っとく」
「約束だよ?」
ドラマ、か。
雪河は実写系見るのかな?
ちなみに俺は、漫画の実写化は一応すべて見るタイプだ。
その作品を語る上で、全コンテンツを通しで見るのが俺のポリシーである。
(ていうか、あいつらは雪河がオタクだなんて夢にも思ってないんだな……)
最初に聞かれるのがゲームやアニメじゃなく、ドラマかどうかというところに立場の違いを感じる。
一人を極めている俺が言うのもおかしいが、あの空間は息が詰まるだろうな。
テンションが上がらないのもよく分かる。
(ん?)
一軍メンバーから目を逸らし、いざ授業開始まで寝ようとした矢先。
俺のスマホに通知が届く。
どうやら雪河が何かメッセージを送ってきたらしい。
『眠い』
交換したてで何もやり取りがなかった画面に、そんな二文字が表示されている。
思わず笑いそうになりつつ、俺は『それな』と打ち返す。
(まさか雪河とこんなやり取りをするようになるとは思わなかったな……)
俺はスマホをしまい、眠るために机に伏せる。
中学と何ら変わらないと思っていた、俺の高校生活。
しかしどうやら、早々に大きな変化が起きそうだ。
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