第3話 オタクトーク
(まさか俺が雪河と一緒に電車に揺られることになるなんて……)
ちらりと隣に視線を向ければ、そこにはあの雪河月乃が座っている。
あのまま話していては他のクラスメイトと鉢合わせすると考えた俺たちは、帰る方向が同じだったため一度電車に乗ることにした。
別にやましい話をするわけでもないし、クラスメイトに見つかったところで特に問題はないはずだが、少なくともオタク話どころではなくなるのは間違いない。
「それでさ、トゥエンティナイツのあのシーン分かる? 六話で主人公が七番目の騎士に言ったセリフの……」
「『もっと心をヒートアップさせなよ』だろ? なんか状況とセリフが合ってなくて噴き出すように笑ったよ」
「分かる。しかもあそこだけ無駄に作画がよくて、それも相まって面白いってゆーか」
「多分本人たちが真剣だから面白いんだろうな、あそこ」
話しながらそのシーンを思い出し、俺たちは笑う。
雪河は想像以上にトゥエンティナイツのオタクだった。
あのクソアニメを知っているだけで物好きだなぁと思うのに、彼女はそれを周回して見ているらしい。
こんな物好きな人間は、今後の人生でも中々出会えないだろう。
「永井ってアニメとか結構見るの?」
「それが唯一の趣味ってくらいには見るよ」
「ふーん……じゃあ私と一緒か」
「え?」
「何、その信じられないって顔」
「いや……そりゃそうだろ」
何度でも言うが、雪河はクラスの中心である一軍の、さらに中心にいる親玉のような存在だ。
少なくとも俺はそう認識していたし、きっと俺以外のクラスメイトもそう思い込んでいる。
放課後や休みの日は友達と集まって遊び放題。
趣味はSNSに映える写真を上げること――――そんなイメージを抱いていた。
「別に映える写真なんて興味ないし、どちらかというと『つぶやったー』派だし」
「へ、へぇ……なんか、偏見で語って悪かった」
「別にいいけど……逆になんでそんなイメージばっかりなの?」
「桃木とか鬼島みたいなイケイケな連中とつるんでるし、友達なんて向こうから寄ってくるって感じだったからさ……やっぱり友達と遊ぶのが趣味なのかと」
俺がそういうと、雪河は不満げに頬を膨らませる。
こいつ、こんな顔もするんだ。
普段のクールな態度とのギャップで、やたらと可愛らしく見える。
「……別に、つるむのが趣味ってわけじゃない。本当は今日も帰って漫画読みたかったし、アニメも見たかったけど……人間関係は大事ってパパが言ってたから」
ため息をつきながら、雪河は困った顔をする。
「ハルも鬼島も嫌いじゃないし、他の皆も嫌いとかじゃない。でもやっぱりオタクからは程遠い人たちだから、たまに息が詰まっちゃうっていうか……」
「……そりゃ災難だな」
友達に囲まれて高校生活をエンジョイしてるとばかり思っていたが、実際はそこまでいいものでもないようだ。
「……でも、えらいな、雪河は」
「え?」
「ボッチ極めてる俺が言うのもあれだけど、やっぱり人間関係って大事なものだと思うし、自分の趣味の時間を削ってでも人付き合いを優先するって、本当にすごいと思う」
何故なら、それは俺にはできないことだから。
人付き合いから逃げて逃げて、オタクコンテンツを逃げ場所にしているのが俺だ。
俺も雪河のように生きられたら、少しは違う高校生活のスタートを切れたかもしれない。
「そんな風に言われたの……なんか初めてなんだけど」
「……照れてる?」
「照れてない」
そう言いながらも、雪河は俺から顔を逸らしている。
言葉にすると失礼だが、なんとなく、彼女も俺と同じ人間なのだと認識できた。
「……それで、この後どうするんだ? もうすぐ俺の最寄り駅だけど」
「あんたんちの近くって喫茶店とかある? もうちょい話したいし、あるならそこでいいよ」
「ファミレスならあったはず」
「じゃあそこで」
なんだろう、この感じ。
もうちょい話したいと言われただけで、妙に心がソワソワするというか。
(勘違いするなよ、俺)
俺は心の中で浮ついた自分の頬を叩く。
相手に求められてるなんて思うな。
そういう傲慢な心が、人を調子に乗らせるのだ。
「雪河は他にどんなアニメを見るんだ?」
気を取り直して、俺はずっと気になっていた問いを投げる。
「んー……実は最近のアニメはあまり。ちょっと古めのアニメばっかり見てる」
「そっちの方が好きなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……ほら、最近のアニメってすごく種類が多いから、もうどれから見ていいか分からなくて。なんか無意識のうちに避けてるんだよね」
「種類が多いのは同意だけど、ちょっともったいないな」
「それな。……ねぇ、よかったら後でおすすめも教えてくんない?」
「別にいいけど……」
おすすめか。
人に何かを推した経験が少ないから、正直パッとは思いつかない。
多分こういう時は、雪河の好みを探るのが最優先だろう。
「最近のアニメで、これ気になるって作品はなかったのか?」
「……名前しか知らないけど、『時をかける宅配便』はインパクトがあって気になったかな」
「あー」
『時をかける宅配便』は、宅配業者になった主人公が、過去の世界に荷物を届けにいくというSF作品だ。
主人公は現代に生きる人から宅配の依頼を受けて、それを指定の時代の指定の人物に届ける『時越え運輸』に就職した一人の男性。
この作品の魅力は、配達の過程で描かれる人の温かみや醜さだったり、個性豊かな登場人物たちとのコメディチックなやり取りにある。
派手さはないが、ほっこりする物語を見たい人にはかなりおすすめの作品だ。
「その作品だったら原作漫画持ってるけど、帰りに貸そうか? それで気に入ったらアニメも見るとかさ」
「え、原作も持ってるの?」
「一応全巻揃えてるよ。漫画集めも趣味だから」
「……じゃあ、一つ我儘言っていい?」
「ん?」
「あんたんちに行ってさ、そこで話すってのはどう?」
「ちょっとそれは――――」
っと、危ない。電車の中で大きな声を出すところだった。
それにしても、俺の家に来るというの絶対にない。あり得ない。
あの部屋に人を招くなんて、こっちは想定もしていないのだ。
「……無理だな。俺今一人暮らしだし」
「一人暮らし? 高校生で?」
「ま、まあ……ちょっと家の都合で」
「じゃあますます簡単に遊びに行けるじゃん」
「どうしてそうなる……?」
「もしかして、私が行くの嫌?」
「嫌じゃないけど……むしろ気にするのは雪河の方だろ?」
一人暮らし中の男の家に女子が一人で遊びにいくなんて、普通は警戒するシチュエーションだろう。
別に何があろうと手を出すつもりなんて一切ないが、陰キャな俺には二人きりの空間というだけでハードルが高いのだ。
「私は別に気にしないし、むしろファミレス代が浮いて助かるけど」
「……それは魅力的な話だな」
ファミレス代があれば、漫画が一冊買える。
高校生にとって、その金額は決して小さい物じゃない。
「あと、漫画を借りてくのってちょっと苦手。家で汚しでもしたら最悪だし。でもこのままあんたの家に行けば、借りずに読んでから帰れるじゃん」
「ぐっ……」
分かる。俺も人から物を借りるのはすごく抵抗がある。
相手がレンタルショップだったとしても、借り物というだけで少し不安な気持ちになり、若干ストレスが溜まるのだ。
「……分かった、じゃあ、今日は俺の家で」
彼女の感覚を理解してしまった以上、俺はもうその提案を断れなくなっていた。
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