第3話 〝特権階級〟

 私は第7地区のGIGAHS(ギガ・ハイスクール)の秀星しゅうせい学園に通っています。まあ、通っているって言っても今の授業は全部オンラインで授業するので、所属してるって言い方が正しいですね。そのなかに、三条香菜という子がいます。小学生のころからずっと一緒で、たまに遊んだりしたとしています。1か月前に香菜と直接会ったとき、とある相談を受けたんです。

「え? 合沢先生に呼び出された?」

「そうなの。なんか成績のことで相談があるって。今度の土曜日に第7地区のショッピングタワーに来てくれだって」

 香菜は少し戸惑った様子で話していました。

「でも、生徒と先生が直接会うのは法律で禁止されているよね? 昔、そういう事件がたくさんあったから」

「うん。でも、合沢先生に聞いたら、校長先生に申請をとっているから大丈夫だ、って言ってたよ」

 そんな校長先生に申請すれば大丈夫な話であるのかと、私は不思議に思いました。

「なんだろうね? 相談って。だって香菜成績いいじゃん」

「そうなんだよね。成績は問題もないけど。授業態度も問題ないと思うしー」

「……もしかして、告白とか?」

「そんな……。そんなことないよっ」

 香菜はまんざらでもない表情をしていました。私たちは直接クラスメイトと関わることなんてないので、恋愛に対しては経験が全くないんです。だからこういう恋愛に対しては憧れを抱いていたのも無理はありませんでした。

「でも、あの合沢先生に直接会えるなんてすごいよね! すっごいお金持ちだし。香菜、前から合沢先生がタイプってずっと言っていたじゃん」

「ホント! なんか信じられないけど、夢みたいに嬉しい! どうしよう、告白されたら!」

 香菜は少女漫画のヒロインみたいのように舞い上がっていました。私もこんなに喜んでいる香菜を見るのは初めてだったんです。

「いい報告待ってるよ」

 私はそう言って香菜とその日は別れました。でも、その次の週から香菜の様子が変だったんです。

 次の週、香菜は授業に参加しませんでした。体調不良だと思っていましたが、次の週も授業にも参加していなかったので、心配になって連絡してみました。

「もしもし、香菜? 私。全然授業に出ていないけど大丈夫?」

「え……。あ、うん。大丈夫。ちょっと、体調がなかなか優れてなくて……」

 香菜の声は少し元気がありませんでしたし、私は何かあったんだろうと思いました。

「もしかして、合沢先生となにかあったの?」

 水を打ったように、香菜が黙り込んでしまいました。

「ううん。全然、なにもなかったよ。ごめん、病院に行くから切るね」

 そう言って香菜はすぐに電話を切ってしまいました。やはり、合沢先生と何かがあったんだと私は確信をしました。


 香菜と連絡を取った次の日、私は直接、合沢先生に訊くことにしました。

「はい。では本日の授業はここまでです。何か質問があれば直接連絡をください」

 いつものように合沢先生は私たちに優しく、穏やかな態度でした。私はチャットで合沢先生に連絡をしました。すると、すぐに『10分後に連絡してください』と返答が返って来ました。

 10分後、私は少し緊張しながら合沢先生に連絡しました。

「合沢先生、こんにちは。すみません、質問があって連絡しました」

「檀原が質問なんて珍しいな。で? なんだ質問って?」

 画面越しに映っている合沢先生は、退屈そうな表情さえ感じられなかった。

「実は、香菜の事なんですが……?」

「ああ。三条の事か……。2週間くらい参加していないような。親御さんの話からだと体調がなかなか優れないんだって? 大変だよな? その三条がどうかしたか?」

「その2週間前なんですけど、香菜から少し相談を受けて、合沢先生と直接会うことを聞いたんです」

 そう言うと、合沢先生の表情が曇ったんです。

「何が言いたいんだ?」

 合沢先生の声のトーンが少し低くなりました。私は出来るだけ刺激しないように言葉を選びました。

「あの……、つまり……、合沢先生と香菜の間に何か会ったんじゃないかなーと思って」

「なにもないさ」

「えっ……?」

「檀原が想像していることと違って、三条にはなにもなかった。進路の事で少し話をしたかっただけだ」

「でも、それなら今日みたいに話せば―」

「檀原。もういいだろう? 俺も次の授業があるんだよ。切るぞ」

「待ってくださいっ、合沢先生!」

 結局、合沢先生から何も訊けずに終わってしまいました。ただ、あの表情からして合沢先生は何かを隠しているんだと思いました。私は香菜に何があったのが知りたくて、香菜の家に向かいました。


「……美百合。ど、どうしたの?」

 玄関から出てきた美百合はフードを被っていていました。なぜか私と目を合わせないようにしていて、違和感があったんです。

「ごめんね。話したいことがあって。私、香菜と合沢先生の間に何があったのか知りたいの」

「だから、何もなかったって言っているでしょ」

 家の中に戻ろうとした香菜を私は引き留めました。

「香菜、こっちを向いて。フードを取って」

 香菜は何も言わないよそに、私はフードをおろしました。すると、香菜の額に大きなあざがあったんです。

「香菜、どうしたのこれ!?」

「……なんでもない。階段で転んだ」

「そんなわけないでしょっ! 香菜、いいから見せて」

「もうほっといてよっ!!」

 香菜が大きな声で叫びましたが、私は怯ませんでした。ここで諦めたら終わりだと思ったからです。

「ほっとくわけないじゃん! 私は香菜を助けたいんだよ……。お願い、香菜。話して」

 私は香菜を引き寄せて強く抱きしめた。すると、私の想いが通じたのが香菜が泣き始めたのです。

「……あ、合沢先生に暴行されているの。私、どうしていいか分かんないの……」

 ついに確信的な一言が香菜から得られました。私はもう少し詳しく知りたくて香菜に尋ねました。

「香菜。すごく辛いのは分かるけれど、合沢先生と会った日の事、話してくれる?」

 香菜は目を腫らしながら頷いて話してくれました。


「合沢先生と直接会ったあの日。合沢先生がある写真を私に見せたの?」

「写真」

「私のお父さんと知らない女の人がホテルから出てくる写真」

「えっ……」

「合沢先生はバラされたくなければ、俺に従えって。なければ会社にばらすって」

「ひどい……」

「お父さんが勤めている会社の株主って合沢先生がたくさん持ってるの。だから、会社も従うしかない」

 香菜は泣きじゃくっていいました。香菜のお父さんも許せない事をしているけど、合沢先生のやっていることはもっと許せません。

「でも、なんで暴行されているの? それとどういう関係があるの?」

 すると、香菜はもう一度私に抱きついて、震える声で耳元で囁いたんです。

「バラさない代わりに、合沢先生は私に……、迫ったの……。ごめん、それ以上は言えない」

 香菜はまた大きな声で泣きました。私は何が起きたのか理解したんです。それと同時に計り知れない怒りが湧き上がってきました。

「合沢先生と直接話す」

「無理だよ、あの人には敵わない」

「こっちは香菜の証言が取れてんだよ? 充分な証拠よ。あの人に罪を認めさせる」


 私は香菜の家を後にして、合沢先生に再度話すことを決めました。


「どうした、檀原。また先生に用か?」

 次の日の放課後に私は合沢先生に連絡をとりました。

「先生、香菜から聞きました。香菜に暴行しているんですよね。しかも体の関係も迫っているじゃないですか」

 合沢先生は無表情だった。

「いくら、合沢先生でもこれは許されることではありません。今すぐ警察に出頭して下さい。お願いします」

 出来るだけ、端的に要件を伝えました。でも合沢先生は悪びれる様子もなかったんです。

「証拠は?」

「えっ?」

「証拠はどこにあるって言うんだよ。万が一、三条が嘘ついている可能性もあるじゃねえか」

「……そんな!」

「証言だけじゃいくらでも言える。三条の証言取ってからっていい気になってんじゃねえよ。クソガキが」

 合沢先生の本性が現れた気がしました。しかし、私もここで引き下がるわけにはいきません。

「そんなのなくても、この会話を録画しているので、これを警察に届ければこれも立派な証拠です」

 ハッタリでした。通話しているといえ、学校のオンラインなので、録画の権限は先生側にあるのです。いちかばちかでした。

「ハハハハハッ!」

 合沢先生が高らかに笑いました。

「檀原、お前自分が何言ってんのかわかってんのか? 録画は生徒側はできねえ。ハッタリかましたと思ったけど、ムダだったな。それに、警察に話しても無駄さ」

「無駄……? どうして無駄なんですか?」

 私が問い詰めると、合沢先生は気味の悪い笑みを浮かべながらこう言ったんです。


「俺は、〝選ばれし者〟だからな」

「えっ?」

「檀原。お前に教えてやるよ。この世には生まれながらにして既に力を得ている人間がいることを。お前はたまたま家柄が良かっただけだが、俺はお前以上の特権階級の人間だ。だから警察も俺の味方。お前がどうあがこうが、警察なんて意味ないんだよ」

 合沢先生はまた高らかに笑いました。私は何も言い返すことが出来ませんでした。

「檀原、これは名誉棄損だ。ろくな証拠もなく、この俺を犯罪者呼ばわりすることは許されねえ。停学だ」

「ちょっと! 停学だなんていきなりすぎます!」

「ああん? お前これ以上俺に逆らうの? これ以上逆らったら退学にすることもできるんだぜ? 言っとくけど、校長も俺には頭が上がんねえからな」

「あ、あなたは卑怯者ですっ!!」

「オイオイ、いいのかなあ、そんな言葉使って。檀原、力を持つ者には逆らわない方が良いぜ? それとも許しが欲しければ、お前も三条みたいに、俺のしもべにもなるか?」

「誰がなるもんですかっ!!」

「イイねえ。その威勢。でも、すぐに間違っていると自分で気付くと思うけどな。じゃあ、予定があるから。じゃあなクソガキ」

 通話が切れて、私は頭を抱えました。まさか、警察さえ味方につける存在だなんて思いもしませんでした。すると、香菜からメッセージが届きました。


『合沢先生から呼び出された。なんかいつもより機嫌が悪いみたい。もしかしたらこれが最後のメッセージになるかもしれないね。美百合、ごめんね。ありがとう。』


 私は香菜のメッセージを見て泣き叫びました。私のせいで、香菜がとんでもない目に遭い、私はただ権力の前で立ち尽くすことしか出来なかったのです。


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