第2話 か弱い依頼者

「ありがとうございましたー!」

 最後の客が店を去ったあと、暦は店の札を裏返しにした。

「終わりましたー!暦先輩お疲れ様です」

「おう。お疲れ。今日は意外に大変だったな」

「そうでしたね。でもここにくるお客さんはみんな優しい人ばかりだから良かったです! どうして怖い人が来ないんでしょうね? だって第19地区ですよ。東京で5番目に治安が悪いんですよ?」

「まあ……、そんな奴らが来るところじゃないだろ」

「お前らお疲れ。今日のまかないだ。さっさと食えよ」

 条一郎がまかない飯を持ってきて、テーブルに置いた。界生は喜んでテーブルに向かった。

「ありがとうございます! 今日はラザニアですね! いただきます!」

 界生は喜んでラザニアを食べ始めた。暦はすぐにテーブルに向かわなかった。

「暦先輩……?」

 界生は不思議そうに暦を見つめた。暦は店のカレンダーを見つめいた。遠くを見つめるようにどこか切ない表情をしている。その表情で界生は察した。

「そうですよね……。あれからもう5年経つんですよね」

 暦はカレンダーを見つめ、唇を嚙んだ。甦る、5年前の惨劇が。


 暦が13歳の頃、東京でバイオテロ事件が発生した。金曜日に東京都内で新種のウイルスがばら撒かれ、東京中が大パニックになった。のちに人々はこれを「大感染の金曜日パンデミック・フライデー」と呼んでいる。事態は1年後に収束したが、東京の人口は半分に減るという甚大な被害を受けた。その後、東京の再建のために「新・日本戦略法」が施行された。暦はなんとか、ウィルスからの被害を逃れたが、家族を失った。

「でも、政府はすごいですよね。たった1年で新種のウイルスのワクチンを作ってしまうんですもん。もしそうでなかったら、日本壊滅だし、世界も存亡の危機でしたよ。あれで、国内、世界から賞賛の声が止まらなかったですからね」

 界生は少し場を取り繕うように言った、煙草を吸っていた条一郎に話を振る。

「そういえば、50年前くらいも確か世界で同じことがありましたよね、条一郎さんってその時の事覚えてます?」

「俺が生まれたばかりだからな……。でも親父にその時の事を聞いたら、そりゃ大変だったと言っていたよ。その時の政府は経済を優先しすぎて、感染を止められなかったとか。そのせいで医療崩壊もあってパニックになったって話だ」

「ひどいですね……。でもそう考えるとすごいことじゃないですか。やっぱり科学の力は偉大ですね!」

 界生は暦に声をかけ続けるが、カレンダーをずっと睨み続けている。

「暦。飯が冷めるぞ」

 しびれを切らした条一郎が声をかけた。暦は我に返った。

「……ごめん」

 暦はカレンダーから目を離し、テーブルへと向かって行った。

「そうですよ! せっかくのラザニアが冷めちゃいますよ! 美味しいもの食べて元気になりましょう!」

「そうだな……」

 暦がテーブルに向かおうとすると、店の扉が開いた。振り向くと1人の少女が立っていた。高校生くらいだろうか。艶のあるセミロング、整った顔立ちにネイビーの制服という品のある出で立ちだった。明らかにこの地区の人間ではないと、暦は一目で分かった。

「すみません。今日は終わっちゃったんですよ、だから、明日また―」

「あの! ここに〝東京星屑〟がいるんですよね!? お願いです! 私の友達を助けてください!」

「いや、ちょっと何のことだか、わかんないんだけど……」

 暦は少し戸惑った。慌てて扉を閉めようとする。しかし、少女は扉に足を挟ませて、扉を止めた。

「ちょっと!!」

「ここに行けば助けてくれるって教えてくれました! 私、知っているんです! 東京星屑は悪い人をやっつける正義のヒーローだって! お願いです、香菜を……、香菜を助けてくださいっ!」

 少女は必死に食い下がって、暦に助けを求めている。

「いや、だから人違いだって―」

「彼女は私が紹介したんだ。正式な依頼者だよ」

 すると、1人の青年が少女の後ろから現れた。タートルネックにジャケットスタイル、スラっとした体躯に眉目秀麗。少女は青年をみて安堵の顔をした。

あまねさん!」

「さ、入って。ここで立ち話するのもなんですから。条一郎さん、何か温かい飲み物を彼女にお願いできますか?」

 遍という青年はスマートに少女を店の中へエスコートした。

「界生。食事のところすまないが、メアリーと知聖ちさとをホログラムフォンで呼び出してくれないか?」

 遍はまだラザニアを堪能していた界生に指示を出した。

「了解です、遍先輩」

 急いで口元を拭いて、界生は店の地下へかけていった。

「どういうことだよ、満。バラしたのか?」

 暦は満を睨んだ。満はジャケットを脱ぎながら首を横に振った。

「別にバラしてはいないさ。ただ、たまたま彼女の相談に乗っていたら、ここに連れていく必要性があったからだ」

「はぁ!?」

すると、厨房から条一郎が出てきた。

「あんま大きい声をだすなよ、暦。ほら、コーヒー持ってきたぞ、お嬢ちゃんはミルクはいるかい?」

「あ、はい……。お気遣いありがとうございます」

 少女はこの場の雰囲気に萎縮していた。すると、地下から界生が戻ってきた。

「お待たせいたしましたー。お二人に繋ぎますね」

 界生はコースター型の端末機器を2つ、テーブルの上に置いて、S-Techで呼び出した。 すると、コースター型の端末から、2人の少女が現れた。

「お疲れ様。メアリー、知聖。急な呼び出しをしてすまない。依頼だ」

 コーヒーを飲みながら満は二人に挨拶をした。

『ちょっと、今すごく忙しい時間帯なんだけど。手短にすませてくれる?』

 金髪にポニーテール。バーテンダーの格好していたメアリーはすこし苛立っていた。

『ボクも、早くしないと観たいアニメが始まっちゃうんだよねー。どうせ大したことない依頼でしょ?』

 眼鏡をかけ、お菓子を食べながら知聖はダルそうにしていた。

「まあ。そう言わずに。今回のターゲットは……、第7地区のVIPだ」

「第7地区!?」

 暦、メアリー、知聖が同時に驚いた。

『ちょっと待って! 第7地区って結構ヤバくない!?』

『確かに……。ボクらの依頼で初めてかもしれない……。興味湧いてきた』

「え!? そんなにすごいんですか?」

 界生は2人の反応をみて、きょとんとしていた。

『オマエは〝桁上がり〟なんだから少し黙っとけ!』

 知聖が間髪入れずに界生に嚙みついた。界生は少しシュンとしてしまった。

「まあ、界生は元・第4地区の住人だし、分からないのは当たり前だ。知聖、あんまり嚙みつくな」

 知聖は舌を出している。満は話を続けた。

「私の隣にいるのが、今回の依頼者である檀原だんばら美百合さんだ」

「……初めまして。檀原美百合です。あなたたちが東京星屑なんですか?」

 美百合は不安そうに周りをみた。隣の満はゆっくりと頷いた。

「檀原さんの言う通り、ここのマスターの条一郎さん以外のメンバーが東京星屑です。改めてよろしくお願いします」

「そうなんですね……。思っていたイメージと違ってびっくりしました」

「イメージが違って悪かったな」

 カウンターで暦がコーヒーを飲みながら呟いた。満は無視した。

「彼女は私がバイトしている家庭教師の生徒さんで、たまたま相談に乗ったら今回の依頼に繋がったんだ。詳しくは彼女の口から説明して頂こう」

 満はコーヒーを啜った。美百合はゆっくりと口を開いた。

「実は友達が、学校の先生に暴行されているのです……」

 美百合は震えた手を抑えて、話を続けた。


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