東京星屑ートウキョウ・スターダストー

西蔦屋 和浩

第1話 Tokyo Star Dust

 東京の夜空は明るすぎるなと、暦は思った。買い出しの帰り、いつものように暦は星を探していた。だが、いつなっても星は見えない。夜になっても昼間くらいのように明るくて、全く見えないのだ。ネオンは宝石のように煌めき、至るところでサーチライトが空を照らしている。まるで宇宙に向かってラブコールをずっとしているみたいだ。

「オイ、聞いてんのかよ!? 二ィちゃん!?」

 ふと、我に返った。目線を戻すと三人のチンピラがメンチを切っていた。

「あ、ごめん。なんだっけ?」

 暦は普通に答えた。リーダー格であろう、ヴィンテージの青いスカジャンを着たチンピラがキレだした。

「はァ!? だーかーらー、その二ィちゃんの手に付けてる〝それ〟オレらによこせって言ってんだよ!」

 チンピラは暦の手首を指さした。暦の手首には白いバンドのようなものが巻いてある。

「えーと。〝それ〟ってコレのこと?」

「そうだよ……。それ、S-Tech《エステック》だろう? 最高峰のウェアラブル端末。これ一つでなんでもできる。見る限りメイナード社の最新モデルじゃねえか。闇マーケットでスゲー金になるんだよ……。なぁ、二ィちゃん? オレらの言いたいこと分かるだろ?」

 チンピラたちは、関節を鳴らしながら暦に詰め寄ってきた。暦は至って冷静だった。

「わかんない」

「てめェ!!」

 チンピラどもは、一斉に暦にとびかかった。しかし、暦はチンピラ達の間を縫って攻撃を躱した。

「なッ!?」

「あの俺、すごく急いでいるんですけど……」

 暦はチンピラに軽く会釈して、踵を返した。

「待てよ! ふざけんじゃねェ!」

 チンピラどもは立ち去る暦を追いかける。リーダー格のチンピラが暦の白いパーカーをぐいと引き寄せた。

「捕まえた―」

 リーダー格のチンピラが勝ち誇った顔した次の瞬間、チンピラの顔は瞬時に歪み3メートルくらい吹っ飛んだ。

「アニキ!?」

 残りのチンピラ2人は呆然としていた。暦を捕らえようとするが、姿がない。

「もしもーし。こっち」

 暦は2人の背後に立っていた。暦のS-Techは光りながらクルクル回っている。2人のチンピラが振り向く前に、暦は2人に後ろ回し蹴りを放った。

「やっべ。もうこんな時間じゃん! あー、また怒られるー」

 暦が嘆いていると、リーダー格のチンピラがゆっくりと立ち上がった。

「えぇー。まだやんの? 本当に急いでいるんですけど……」

「S-Techが起動してる…? そんな機能聞いたことねェぞ!?」

「まあ、そうだし。最新モデルでもないし……」

 暦のS-Techの回転が止まった。

「てめェ……、一体何者なんだ……?」

「それ聞いて何になるの? 君のところのボスに告げ口するとか?」

「ああ! そうだよ! ボスに言ってお前なんかぶっ飛ばしてやるッ! わかったら名前を教えろォ!!」

 暦はすごくめんどくさそうな表情をした。

「反町暦」

「……え?」

「反町暦。俺の名前!」

「そ、反町って、あの反町か……?」

 リーダー格のチンピラは急に怯えだした。

「そう、その反町です。君のボスに言っても何にも意味はないからやめときな。逆に消されるから。そういう事で。もう絡まないでね!」

「す、すいませんでしたー!!」

 走り去る暦にリーダー格のチンピラは全身全霊の土下座をした。


 2070年の東京は治安が悪くなった。3年前、政府が「新・日本戦略法」とういう法案が施行された。新・日本戦略法とは、日本が世界で最前線で活躍するための国家戦略だ。その手段して、AIスキャンによってまず始めに東京に住む人々を、家柄、身体能力、頭脳、遺伝子等で選別し、新たに東京23区を「新東京23区」として人々を区分けした。数字が低ければ低い地区ほど、高度な教育を受けることができ、優秀な人材の育成を目指す。それに伴い、優秀であるほど政府から多額の給付金がもらえる。ゆえに、数字が低い地区の居住者は富裕層が多い。逆に数字が高ければ高いほど、貧しく、治安も悪くなっていく。暦は第19地区に住んでいた。

 歓楽街を歩いていると、何やら若者たちが盛り上がっていた。

「おい、聞いたかよ!! また、〝東京星屑トウキョウスターダスト〟がでたらしいぜ」

「えーっ!! ホント!? 今度はどこの地区に出たの!?」

「第21地区。区長が逮捕されたってさ! 何やら不正に土地を買収してみたいだぜ」

「すごーい。でも区長って第21地区のギャングと繋がってるていう噂だよね?」

「それが、そのギャングも一網打尽にしたらしいんだよ。マジかっけーよな!!」

 暦は若者の盛り上がりをよそに、歓楽街を通り過ぎる。近頃、〝東京星屑トウキョウスターダスト〟という組織が彼らの中でブームらしい。東京星屑は彗星の如く現れ、悪人を成敗するヒーローとして人気になっていた。暦はその話題には興味がなかった。

 第19地区の歓楽街を抜けて、路地裏に入る。ひとつの寂れた喫茶店があった。汚れた看板には〝ミラージュ〟と書かれてある。

「ただいま戻りました」

「遅ぇぞ、暦。どこほっつき歩いていたんだ」

 店に入ると、顎髭をはやした男が暦に怒った。

「ごめん親父。ちょっと繫華街で絡まれちゃって」

 暦の父、反町条一郎は頭を掻いた。

「ったく、そんな白いパーカーを着ているからだろ、目立つからありゃしねえ。早くしろ、仕込みが間に合わねえよ」

「はあい」

 少し暦は不貞腐れて、厨房へ向かった。厨房には少年がせっせと仕込みをしていた。

「あ、お帰りなさい暦先輩! 遅かったですね!」

 髪の毛で片目が隠れている少年は、暦に駆け寄った。

「ああ。ちょっとチンピラに絡まれてな」

「それは災難でしたね。でもすぐに逃げれば良かったじゃないですか」

「普通に逃げようとしたら、急に服を引っぱられたもんだから、反射的に手を出しちゃったんだよね」

「もうー。暦先輩はそうやってすぐに手を出すー。その白いパーカーを着ているから絡まれるんですよ」

「親父と同じこと言いやがって。もう怒った。界生かいせい、次からお前が買い出しに行け」

「ええッ!! 嫌ですよ! 暦先輩、僕がヘタレであること知っているじゃないですか!? 僕が買い出しに行ったら一生帰ってこれないですよ!!」

 界生が喚きはじめた。うるせえぞ、と条一郎の怒号が響く。

「冗談だよ、冗談。さっさと仕事するぞ」

 暦はエプロンをつけ始めた。

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