かわたれどき

 その日、凪はじきに夜も明けようかという卯の刻に訪れた。

「遅かったではないか」

「……、まみえるのは今宵が最後になりましょう」

 迎引する直之進に、突如として告げられた言葉。凪の視線は畳に落とされたままだ。顔には影が落ち、表情をうかがい知ることはできない。そして慮外な出来事に戸惑いを隠せない直之進へ、なおも言葉を続けた。

波留はるという名に聞き覚えはないか。川戸村から連れ去られた娘だ」

 先日までの媚びるような声色ではない。凛々しさと怒気を孕む少年の声だ。豹変した凪に、直之進は片目をすがめはするが、押し黙っている。

「お前にかどわかされ、非道なことをされたのだろう」

「……何故なにゆえそう思う」

「おれには、わかるんだ。双子だから」

 双子とは二人の人間でありながら、強い結びつきを持つゆえに一人の人間でもある。片割れである彼の首に痣が表れた、まさにそのとき、波留の首が刎ねられたのだろう。そして再会を願うあまり抜け首となり、変事の場へ現れた。

「それが真実だとして、そなたには何も出来まい」

「そうかもな。でも――」

 凪の背後から暁光が差す。

「あの男は、お前の腹心は、きっと良心の呵責かしゃくに耐えられない。お前の罪はつまびらかにされ、しかるべき沙汰が下されるだろう」

 顔を歪めた直之進は一閃、凪に向けて太刀を振るう。が、昇り始めた朝日に照らされ生首は霧のように姿を消した。切り裂かれた畳、陽光に射し染められた白刃、そして忌々しげに黙りこむ士人。残されたのはそれだけだ。


 はたして、直之進の元から複数の遺体が見つかった。

 屋敷内には三つの井戸がある。検分した役人によると、そのうちの一つ、長らく封鎖されていた枯れ井戸で少女たちは事切れていたという。無造作に五、六人折り重なった骸の、一番上が波留だった。

 無惨にも斬り殺され首と胴とが離れた遺体は、腐りおち蛆がいている。それでも、少年――勇凪いさなは涙を浮かべ、変わり果てた姿の姉にひしと抱きすがった。

「姉さま……、お逢いしとうございました、姉さま……」

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