のろいごと

 明け方、生首は己の肉体へと舞い戻る。

 離れていた首と胴が、みちりと音をたて繋がった。しかし、その境い目にはむごたらしい痣が残る。すでに痛みはない。ただ、指先で触れると、どうしようもない悲しみと寂しさに襲われた。


 永遠に続くと思われた穏やかな日常は、ある日突然に終末を迎える。

 大切な人は姿を消した。探せども見つからず、声を枯らすほどに名を叫んでも応じない。神隠しにでも遭ってしまったのだろうと噂されたが、受け入れられるはずもなく。足跡を訪ね、手蔓てづるを聞き、山野を追い海辺を彷徨い、あなぐりつづける。

 打ちひしがれる日々の中で突如、焼けるような痛みと共に赤い痣が表れた。切創せっそうじみた生々しい痣が、首をぐるりとひと周りしている。

 きっと、あの人の身に何かがあったに違いない。

 その身を案じ、逢いたいと強く願いつづけるうち、気づけば首だけとなり見知らぬ場所に居た。天狗の山にでも迷いこんだかと思えば、まさか奉行の寝屋とは。驚き、戸惑い、それでも尋ね人を想う一心でせんじ探る。

 もう無事ではいないだろうと、薄々感づいてはいた。それは血塗れの肌守りを見たとき確信へと変わる。それでも、諦める気になどなれなかった。心が苦悶に染まろうとも、哀傷に身が引き裂かれようとも、再会を果たすまで抜け首の業は続く。

 そして、自分から大切な人を奪ったあの男を、絶対に許しはしない。


 生首だった者は、血に塗れていない己の肌守り――愛しい彼女と共に揃いで縫った守袋を両手で握りしめ、呪詛ともいうべき情念を燃やす。

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