たまつばき

 逢瀬を重ねる裏で、直之進は配下に凪の所在を探らせていた。

 というのも、宗門しゅうもん人別にんべつ帳をあらためるも、凪という名の女性の記載がなかったためだ。


 平介は直接川戸村へ赴き、名主を訪ねる。が、齢十六の凪という娘は、やはり実在しない。では、首に痣のある女は居るか。

 調べは年頃の少女だけでなく、年端も行かぬ童女や既婚者にまで及んだ。防寒のための首巻きや頭巾を外させ検分する。しかし、首をぐるりと一周する赤い痣の持ち主も、終ぞ見つけることは叶わなかった。

 平介は首を捻る。これはいったい、どういうことだ。凪の言葉に偽りありか。

 そして持ち帰る成果もなく屋敷へ帰ろうというとき、ふと、視線を感じた。村外れに植わる椿の、その葉の隙間から此方を見つめる目がある。血走る眼から放たれる眼差しが平介に絡みついた。逸らしたくとも逸らせない。いつか見たあの娘の瞳が、己を責め立てているような気さえした。息苦しさすら感じる視線に曝されしたたる冷汗、怖気立ち動かせぬ手足。窮した平介は、やっとの思いでぐっと目を瞑る。

 おそるおそる瞼を持ち上げ、再び見やると、椿の木だけが風に揺られることもなく佇んでいた。

 幻か否かはこの際、重要ではない。後悔の熾火でその身が焼け落ちるのではないかという焦燥が、彼を駆り立てる。平介は川戸村から、またさいなまれ狂う前に奸悪な秘め事から逃げ出した。

 彼が去った後、血のように赤い椿の花が首のようにぽとりと落ちた。

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