かぎまわる

「どうか、どうか、お名前をお聞かせ願えませぬか」

 生首はしおらしく請うた。

 そして直之進の名を聞くや驚きに目を見張る。

「もしや、ここは……」

「飯沼の屋敷だ」

 生首は、焦がれ辿りついた先が郡奉行の屋敷であると知り困惑した。なぜ、このようなところに――、しかし事由じゆうを考えたところでわかるはずもない。今はただ現状を解するほかなかった。

「……わたくしは不相応にも、お奉行さまに焦がれていたのですね」

 行燈の灯りが伏し目がちの生首を淡く照らす。

 瞳が悲哀と不安に揺らぐ。しかしその奥底には、立ち消えぬ期待が灯っていた。そして生首は直之進を見上げると、控えめにただす。

「きっと、お奉行さまには相応しい御方がおられるのでしょう……?」

 もしもこの顔が胴の上に鎮座していたならば、甘やかに小首を傾げていただろう。

 直之進は居るとも居ないとも答えない。生首の憂いに濡れた頬を軽くつねると、口元に笑みをたたえ尋ねた。

「そなた、名は何という」

「……、ナギと申します」

「年は」

「十六になりました」

「何処の者か」

「川戸村に住んでおります」

 川戸村は飯沼の屋敷より南にわずか半里ほど行った場所にある。ゆえに、領内巡視の際にでも瞥見べっけんしたのであろう、と直之進は得心がいった。

 士人と首は、奉行と領民であった。こうして二人の奇妙な逢瀬が幕を開ける。

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