あまたたび

 翌夜、生首は再び直之進の前に現れた。

 行燈あんどんに火を灯すと、そのおもてが仄暗い闇夜に浮かびあがる。あどけなさの残る面立ちが静かに目を閉じていた。優しげな柳眉、品のある鼻筋、桃色の唇、首の切り口をぐるりと回る赤い痣。ふくらとした頬には濡羽色の髪が垂れ下がる。

 やがてゆっくりと瞼を持ち上げた生首は、その瞳にはっきりと直之進を映した。そしてしばしの逡巡の後、口を開く。

「……、わたくしの顔に見覚えはございませぬか」

 低く凛とした、しかしどこか儚さと戸惑いを漂わせる声が直之進の耳に届いた。

 夜半に現れた抜け首。己は夢でも見ているのか、それとも物の怪のたぐいか。直之進は、化かされてみるのもいと考えた。彼には、いざとなれば切り捨ててしまえばいいという自信、否、おごりがあった。

「そなたのようない娘、一度でも相まみえたならば忘れるはずもない」

 直之進が多少の戯れを含みのたまうと、生首は至極残念そうにその目を伏せた。

「あなたさまは覚えていらっしゃらないのかもしれませぬ。けれども、わたくしは、あなたさまをひと目拝したときより忘れられぬのです」

 生首は直之進を見上げた。

「そうして幾度となく願い、焦がれたのでございます。せめてもうひと度、ひと目だけでもお会いしたいと」

 その身を置き去りにし首だけとなっても会いたいという執念が、二人を引き合わせたのだという。

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