だんまり

 ある宵、直之進なおのしんの寝所に生首が現れた。

 喉より下のない首は、まるで翼を失った鳥のように所在なく転がっている。音もなく、ころりと。蝋燭の一つも灯していない室内では、おもてさやかに見ることは叶わない。ただ、月明かりに照らされた艶やかな黒髪が、真新しい畳に流れていた。

 やがて長い睫毛に縁どられた瞼が震え、ゆっくりと開く。目覚めた生首は焦点の合わない眼で、いったい何を見ているのだろうか。美しい山河のえがかれた襖、い草が香る青々とした畳、驚きに満ちた直之進のかんばせ。あるいは、そのどれも瞳に映していないのかもしれない。ぼんやりと、ただそこに居る。

 生首は不意に、引き結ばれた口を開いた。

 ――え、え、あ、あ……。

 首は唇をそう動かしたきり、再び口を閉ざす。こぼれ落ちた言葉は、音にならず闇夜に溶けて消えた。首はやはり、ぼんやりと、ただそこに居るだけだ。


 夢かうつつか。翌朝、首は姿を消していた。生首どころか、畳には血の一滴もしたたり落ちていない。最初からそこに何も存在しなかったかのように、煌めく陽光が日常を照らしている。

 直之進は、あるはずのない血痕をその指先で撫でた。

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