完璧ではない俺の話
「俺のみっともない話を聞いてくれるか?」
彼女は頷いてくれた。父にすら細かい事は話していない、俺の触れたくない深い傷。絶対に思い出したくない事。でも、ロイダなら一緒に受け止めてくれる。受け止めて欲しい。
「俺は暗闇が怖いんだ。まだ子供の頃に、周りの目を盗んで岩山まで一人で行って深い穴に落ちた。しっかり挟まったから身動きが取れなくて、叫んでも誰も来なくて、そのまま夜を迎えた。月も無い暗くて寒い夜だ。恐ろしそうな獣の鳴き声も聞こえたんだ」
頭の中にまざまざとあの時の光景が思い浮かぶ。獣の鳴き声が頭の中に響く。深い闇が俺を連れて行こうとする。しかし、手から伝わるロイダの温もりが俺を引き留めてくれる。
「凍えそうに寒いのに、身動きして体を温める事も出来ない。叫びすぎて既に喉が痛かったし、これ以上騒ぐと獣に狙われそうな事も恐ろしかった。永遠にも思える時を過ごした。そのまま朝を迎えて、昼頃には見つけてもらえて救出された」
助けなど来ないと思った。情けない事に、こんなに明るい場所にいるのに、ロイダが目の前にいるのに、体が震えて来る。
(ロイダ)
俺の手にロイダが手を重ねてくれる。そこから伝わる優しい気持ち。俺を心配してくれる気持ち。
「幸いな事に体は擦り傷程度で済んだ。でも強烈な恐怖が俺の心に残って、暗闇や狭い所で俺に襲い掛かって来る。あれ以来、夜も眠れなくなった。どれだけ明かりをつけても、夜だと思うだけで、あの恐怖が呼び起こされる」
ロイダの温かさが、恐怖を思い出して冷えかける俺の心にぬくもりをくれる。
「毎日、体を限界まで疲れさせて気絶するように眠りに入った。でもすぐに目が覚めて眠りは浅い。君達の家に泊めてもらった晩に、朝まで深く眠って心も体も軽く起きた時の驚きと爽快感は忘れない。どんなに望んでも手に入らなかったものが、あの日、手に入った」
ロイダは驚いたように目を見開いた。俺と不眠は、ロイダの中では結びつかないはずだ。朝に眠いと起きるのを嫌がる姿は知っていても、眠れなくて困っていた過去なんて一度も想像した事もないだろう。
「王位継承の儀式から逃げていた原因も暗闇だ。練習で洞窟について来てもらっただろう? 君とヨーナが一緒なら、なぜか暗闇も怖くないんだ。だから直前まで迷惑を掛けた。悪かったな」
「本当に、お役に立っていたのですね」
ロイダは心底驚いたという顔でつぶやく。
「何度も言っただろう? 何で信用しないんだよ」
「すみません。私達にそんな役に立つ力があるとは思えなくて」
「子供の頃に、気心の知れた世話係に寝室に居てもらったり、一緒に横になってもらった事もある。それでも駄目だったんだ。俺にも、なぜ君じゃないと駄目なのか分からない」
「子供の力ですか? ヨーナの愛らしさ?」
「確かにヨーナは愛らしい。でも、ヨーナがいない晩も、俺は眠れたよ」
もしかすると、一番最初のきっかけはヨーナかもしれない。でも、あの居心地の良い家でもてなしてもらい、出会ったばかりの俺の髪を大切な妹と同じように拭いてもらい、ロイダの真心に触れた。それは大きかったはずだ。
「そういえば、そうですね。他の人にも試してもらったらどうでしょう。エルウィン殿下とか」
「嫌だよ、そんな必要ない。君が俺と一緒に居てくれればいいじゃないか」
「でも⋯⋯」
違う。問題は恐怖の克服や不眠の解消ではない。俺がロイダと生涯を共にしたいと思っていることだ。
「俺は君を愛している」
「え!」
ロイダの瞳が激しく揺れる。重ねていた手を外し、上着の裾をぎゅっと握ってしまった。
「君の話には、大きな間違いがあった」
「えっと、何でしょうか」
「俺への一方的な想いを認めるのが怖い、捨てられないと言った。そうだな?」
「⋯⋯はい」
一方的な想い。それが俺の勘違いでなければ。鼓動が強すぎてロイダにまで伝わってしまいそうだ。
「一方的って何だよ。俺はその想いを知らない。一度も伝えられていない。違うか? それは、一方的な想いじゃなく、俺から君に伝えている愛と同じではないのか?」
「――分かりません」
(分からないって何だ。同じなのか、同じではないのか)
分からないのであれば、分かってもらうまでだ。答えを出すまで逃げる事は許さない。
「こういう愛だ。嫌なら押しのけろ、遠慮はいらない」
ロイダの頬を包んだまま膝立ちになった。戸惑いを浮かべる瞳を覗き込み、ゆっくりと顔を寄せる。嫌ならば避ければいい。彼女の瞳に吸い寄せられる。そこに、俺への嫌悪感は無いと感じる。
唇が重なった。顔に血が集まり熱くなる。心臓が壊れるかと思うほど強く打つ。
(避けられなかった。嫌じゃなかったということか?)
唇を離したがロイダの顔を見る勇気は無く、額を合わせた。声が震えそうだ。
「嫌じゃないんだな? 俺と同じ愛だと思っていいな?」
時が止まったように感じる。嫌だったと言われたら。違う、ロイダは思っても口に出さないだろう。
「⋯⋯恐らく、同じ愛だと思います」
「恐らくって何だよ」
まだ分からないのか。俺がこれほどロイダを想う気持ちも、ロイダ自身がどう思っているのかも。たまらず、もう一度口づける。
(好きだ、愛している。君はどうなんだ?)
俺の想いに応えるように、ロイダが俺の背中に手を伸ばして抱きしめてくれた。愛しさが溢れ出し、唇を離して強く抱きしめ返す。俺と同じ気持ち、そう判断していいのか。
(言葉が欲しい)
臆病な俺からは、まだ不安が消えてくれない。本当に俺の気持ちは伝わったのか。ロイダも、俺を――愛してくれているのか。
「ロイダ、やり直しだ」
「はい?」
「君を愛している。⋯⋯結婚してくれ」
(頼む、お願いだ)
「私も⋯⋯アーウィン様を愛しています。結婚したいです」
「ありがとう、ありがとう」
力が抜けて涙が出そうだ。前回とは違う、気持ちを込めて言ってくれた。
「大切にする」
ロイダはもう一度、俺の背中をぎゅっと抱きしめてくれる。
「私も全力で、あなたの眠りを守ります」
「何だ、それ」
思わず笑ってしまう。でもいい、俺にはロイダが必要だという一番大切な事は分かってもらえたのだから。
「え? 変ですか?」
「嬉しいけど、何か変だよ」
ロイダがふわふわと、いつものように笑う。
(これでヨーナにも褒めてもらえるな)
ヨーナと俺は、いつもロイダに守られている。俺も力を尽くして二人を守る。ヨーナは俺とロイダに力をくれる。
俺たちは支え合う家族だ。
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