ヨーナの涙
「アーウィンさま、起きて、起きて」
夜中に揺すられて目を開くとヨーナが真剣な顔で俺の顔を覗き込んでいた。
ヨーナは無言で俺を寝台から引っ張り出そうとする。以前にも同じ事があった。これは、ロイダに秘密の話をしたい時。
俺達は寝室を出て居間の長椅子に並んで座った。
「どうした?」
何事もはっきり言うヨーナにしては珍しく俯いて、言いよどんでいる。急かさずにヨーナが口を開くのを待った。
「ヨーナね、アーウィンさまとお別れするの嫌なの」
心臓が一度大きく跳ね、すぐに全身が冷たくなった。
「お姉さまが町で暮らしましょうって」
ヨーナは眉尻を下げ、口をぎゅっと結んでぽろぽろと涙を流した。手で拭いながら、時折しゃくりあげて体を震わせる。
「ロイダが、そう言ってるのか」
ヨーナは涙を流しながら頷いた。そして、俺の腕にしがみつき、おでこを押し付ける。
「ヨーナは、ここにいたいと思っているのか?」
「ここじゃなくていい。アーウィンさまと一緒がいい。前のお家がいい」
「ありがとう。俺もヨーナと一緒にいたい」
「ほんとに?」
涙が溜まった瞳で俺の心を真剣に読み取ろうとしている。
「本当だ。俺はヨーナとロイダと一緒にいたい。でも姉さんはそう思ってくれていないんだな」
俺とガイデルは何が違うんだろう。容姿、いや彼女はそんな事を気にしないだろう。優しさが足りないか。話題が違うのだろうか。それとも、ただ出会いが遅かったからか。生涯ガイデルを忘れないつもりなのか。
「そんなことないもん。お姉さまも、アーウィンさまと一緒がいいの」
「え? ロイダがそう言ったのか?」
また大きく心臓が跳ねる。今度は熱い血が全身を流れ始める。そのまま、鼓動は大きく打ち続ける。
「言ってない。でもヨーナ分かるよ」
「だったら、離れて町で暮らしたがったりしないだろう。ロイダは俺と一緒じゃなくていいんだよ」
「ヨーナ分かるもん!」
涙を流しながら顔を上げて真っ赤な顔をして怒る。
「アーウィンさまの髪をふく時、お姉さま嬉しそうなの。ヨーナに大好きって言うときと同じなの。うんとたくさん、アーウィンさまの事、好きなの。絶対に一緒がいいって思ってるもん」
あの柔らかい優しい手から、何かしらの愛を感じると思ったのは、勘違いでは無かった。
「ヨーナ」
「なあに?」
「俺は、ロイダが好きなんだ。本当に、心から愛している」
「じゃあ、どうして結婚できないの?」
「出来なくないよ、出来るよ。何でそんな事⋯⋯」
ヨーナは真っ直ぐに俺を見る。どんな言葉も聞き漏らさないよう、どんな俺の感情も見逃さないように、真剣に。
「アーウィンさまが結婚してって言ったのは、ヨーナとお姉さまがここにいられるようにお芝居してくれてるからだって。でも本当は違うから、邪魔しちゃいけないの。だからヨーナとお姉さま、町に行かなきゃいけないの」
「芝居なんかじゃない。心からの言葉だ。大体邪魔って何だよ。あれだけ、あんなに、必要だ一緒にいてくれって言ったのに。何で伝わらないんだ、どうして分かってくれないんだ」
泣きたくなってくる。俺はヨーナの丸くて温かい頭に手を乗せた。
「アーウィンさま、かんぺきだから。何でも出来てすごい人だから」
「え?」
「だから、アーウィンさまに、お姉さまとヨーナはいらないの。いると邪魔なの」
「俺は、完璧なんかじゃない。駄目なところだらけだ」
ヨーナは少し首をかしげる。
「前は臭かったけど今はいい匂いだし、かんぺきだよ」
「臭いってまだ言うのか!」
本当にしつこい。少し笑って気持ちがゆるんだ。ヨーナも少し笑う。
ふいに父にもらった助言を思い出す。ロイダは俺の支えになっている事を分かっているのか。分かっていない。それは何故だ。
(俺が支えを必要としていると思っていないから。完璧だと思っているから)
『完璧なご自分と比べてはいけません』ロイダは以前、そう言っていなかっただろうか。糸問屋の息子を好きになるとか言い出した時だ。俺がそいつの欠点を指摘すると、そんな事を言っていた。
「完璧じゃなくても、ロイダに好きになってもらえると思うか?」
「大丈夫。お姉さまは、かんぺきじゃないヨーナのことが大好きよ」
ヨーナは、目に溜まっていた最後の涙をぽろりと流して、にっこりと笑った。
「アーウィンさまなら、どんなアーウィンさまでも大好きに決まってる」
「ありがとう、ヨーナ。本当に君は⋯⋯」
俺は何度もヨーナの頭を撫でた。ヨーナは気持ちよさそうに目を細める。何度もヨーナに救われている。
(俺達は三人で一緒にいなきゃ駄目だ)
「もう一度言うけど、俺はロイダと結婚したい。ロイダとヨーナと一緒にいたいから、町に行って欲しくない」
「うん」
「ロイダに頼んでみる。それでいい?」
ヨーナが最高の笑顔でうなずいてくれる。これ以上に無い心強い応援をもらった。
「ありがとう。ヨーナ」
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