父に似ている

「ロイダ嬢を王太子妃に⋯⋯儀式を受ける気になられたのも、ロイダ嬢の影響ですか」


 経緯を話す口振りから、俺が彼女を特別に思っている事は伝わっていたらしく、ホーソンの深い皺の奥の目に驚きは無かった。


「そうだ。ロイダとヨーナと暮らす生活で俺は王位に就く決意を固める事が出来た」


 俺が暗闇を苦手とする事は父だけが知る。ホーソンは薄々何かあると勘付いてはいるだろうが正確な理由は知らない。それでも、俺の言葉に納得したようだ。


「殿下が身近に接して、生涯を共にしたいと思われたのですから、私は何も申しません。恐らく国王陛下におかれても同じかと思われます。ロイダ嬢にも将来の王妃になる覚悟がおありなら、何も問題ないでしょう」

「あー、それなんだが」


 王妃になる覚悟。とてもじゃないがロイダには言えない。


「実はな、俺の想いは一方的でな、あの⋯⋯彼女は、俺に対して親兄弟のような気持ちしか持っていないようだ」

「何ですと?」


 さすがにホーソンは驚きで目をしばたかせた。


「今回の事件の事もあり、サジイル王国で暮らす事は了承してくれた。移住の為に『結婚相手』に見せかける必要がある事も了承してくれた」

「⋯⋯殿下。別に結婚相手じゃなくても、移住させられるでしょう」

「一緒に暮らしたいんだ」

「何ですと?」


 俺は王宮でも、今までと同じように暮らしたいと伝えた。部屋を家に見立て、そこで三人で暮らす。


「彼女が我が国に慣れて、町で独り立ちすると言い出す前に、彼女の気持ちを俺に向けて見せる」


 ホーソンはわざとらしく、大きなため息をついた。


「変な所までお父君に似ていらっしゃる」

「父に?」

「国王陛下は王位継承者となる前、あなたと同じように儀式を受けずに逃げようとされた」

「え? 父が?」


 その話は初耳だ。


「お父君が若い頃に今の王妃様と愛し合っていた事はご存知でしょう」


 平民だった継母が身を引き、俺を産んだ母と結婚したと聞いている。母の死後に改めて継母を探し出した父が熱望して今に至ると聞いている。


「今の王妃様が、ご自分は国王陛下にはふさわしく無いと身をお隠しになられました。その時に、絶望して全てに倦んだお父君は王位継承の儀式を放棄しました。ご友人だった、あなたのお母君の励ましがなければ、今頃は叔父君が国王になられていたでしょうよ」


 父が儀式を放棄した事は知らなかった。俺が儀式を受けられない事に対して、寛容に見守ってくれたのは、この事があったからかもしれない。


「父と母とは友人だったのか」

「お母君が情けないお父君を哀れに思い、励まし、支えるうちにお二人はお互いに掛け替えのない存在になったようです。お母君が病に倒れられた時の、お父君の姿は見ていられない程でした」


 それはよく覚えている。父と母の間にも、継母との間にも、俺の知らない物語があったのだろう。


「殿下と国王陛下は似ていらっしゃいますけど、想い人に逃げられそうな所や、励ましが無いと儀式を受けられない所まで似なくて良いものを」


 俺は何も言えない。


「しかし、お父君は立派な国王になられた。きっと殿下も、そうおなりになるはずです」

「そうなれるように励む」


 まずはロイダに逃げられないようにしなくてはならない。ホーソンはロイダとヨーナ、仕立て屋夫婦をサジイル王国に迎える手配をすると約束してくれた。


「殿下がそれほど想うロイダ嬢とヨーナ嬢にお会いしてみたいのですが、難しいですか?」

「ヨーナはともかく、ロイダは身分の高い人間を恐れる。⋯⋯ロイダが特別に臆病という訳では無い。この国では身分が低い人間の扱いが軽すぎるんだ。だから悪いが、国に帰って落ち着いてからにして欲しい」


 ホーソンが大きく息をついた。彼は昔からこの国の人間が嫌いだ。


「王宮の連中を見れば、想像つきますな」


 国王にも謁見した。


「王たる資格を得る前に、人々の暮らしを自らの目で知る必要があると考えました。しかし私は、我が国では顔を広く知られています。この国のあまねき統治は広く近隣諸国に知れ渡っており、それを具に学びたいという一心で、このような振る舞いに及びました事を、平にご容赦頂きたい」

 

 礼を尽くすと国王は咎める事なく、得意気な顔をして治世について語った。


(偉そうに語る前に、まずは自分の配下を適切に指導してみせろ)


 もちろん、そんな態度はおくびにも出さず、傾聴し感嘆する振りをした。


 ちなみに国王も侯爵もロイダに無礼を働いた人間に厳しい処罰を与えたと言った。俺はそれに対して寛大な処置を望む言葉は一切口にしなかった。なぜならヨーナに頼まれているからだ。


 ロイダが侯爵家に連れ去られそうになった日から数日後、夜中にヨーナに起こされた。


「アーウィンさま、起きて!」


 ひそひそ声で俺を呼びながら懸命に揺するヨーナに、厠にでも行きたいのかと眠い目を開くと寝室から引っ張り出され、台所の隅に連れて行かれた。


「お姉さまの背中に、とっても痛そうな大きなあざが出来ているの」

「どういうことだ」


 ヨーナが抱きつくと、たまに痛そうに顔をしかめる事が気になっていたそうだ。入浴の時に確認すると、背中に何か所か大きな青黒いあざがあったらしい。しつこく問い詰めると、ドアをどんどん叩いていた男が、ロイダの事も何度か小突いたと話したらしい。


 ヨーナが心配するほどのあざが出来ているのだ。小突くなんて優しいものじゃなかったはずだ。


「あの悪者、どうなった? 悪者が元気だったら、ヨーナ悔しい。お姉さまに痛い事してごめんなさいって思うくらい、ちゃんとやっつけて! アーウィンさま強いでしょう?」


 侯爵が言う『ロイダに失礼を働いた者』に、件の男が含まれているか正確には知らない。しかし、彼は往来で侯爵家の名を連呼して泥を塗った本人だ。命の軽いこの国で、どのような処分が下されたか想像する事はたやすい。


(俺のロイダを傷つけたんだ。深く悔いるがいい)


 まさかヨーナにそんな事は言えない。偉い人に怒られて泣くほど反省したはずだと報告したら満足してくれた。これなら、万が一ロイダの耳に入っても問題ないだろう。


 最後まで、誰一人ロイダ本人に詫びるという姿勢を見せた者はいなかった。彼らは、俺に対する失礼だけを詫び続けた。

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