生まれ変わらずとも
俺とガイデルは訓練所の端の人気が無い所に移動した。
昨日の事件や俺の素性について、どこまで彼の耳に入っているか分からない。彼のいつもと変わらぬ態度からも読み取れない。話しかける言葉に迷っていると、ガイデルは姿勢を正した。
「ロイダを救ってくれて、ありがとう。――俺が礼を言う立場に無い事は分かっている。しかし、仕立て屋夫婦は最初に俺の家を頼ったが、その期待に応えられなかった。あなたがいなければ、ロイダを救う事は出来なかった。感謝している」
恐らくガイデルの地位や立場では、仕立て屋夫婦が屋敷に来た時に話を聞いていたとしても何も出来なかったはずだ。彼はその事に負い目を感じているのだろう。俺に対する態度に遠慮が見えるのは、王子という身分に対してではない。
ロイダを守ることが出来るか、供にいる資格があるか。
はっきりと言える。俺はロイダを守る事が出来る。彼女と一緒にいる資格があるのは俺だ。
「称えるべきは、仕立て屋の夫婦だろうな。彼らが保身に走らず、君や俺を頼った事でロイダは助かった。我が国に迎えた後も彼らの行いを忘れる事は無い」
「仕立て屋夫婦を国に迎える⋯⋯?」
ガイデルの目が緊張で揺れる。
「俺はロイダとヨーナ、仕立て屋夫婦をサジイル王国に迎える事にした」
「念のために聞くが、全員の意思を確認した上での事だな?」
本当は『ロイダの』と問いたいのだろう。彼の気持ちは痛いほどに理解できる。
「当然だ。ロイダと仕立て屋夫婦には、他にも選択肢を提示して自らの意思でサジイル王国に来ることを選んでもらった」
「そうか」
「ロイダは、俺の結婚相手として迎える」
「⋯⋯そうか、あなたの国では結婚できるんだな」
ガイデルが息をつき緊張を解き、そうか、と二度繰り返した。それは安堵の声に聞こえた。ガイデルは心からロイダの幸せを願っている。俺は大きくため息をつく。
俺にはロイダと共にいる資格がある。本当にそうか?
彼女がガイデルを想って涙をこぼす夜を知っている。ガイデルに会えたという日には嬉しそうにしていた事を知っている。拳を握り締めた。
「俺はロイダを愛している。しかし彼女の心は、俺には向いていない」
「!」
彼は弾かれたように顔を上げて俺を見つめた。
「二人の安全と、今後の生活を軌道に乗せる為には結婚相手という肩書が最適だった。ロイダは落ち着いたらヨーナと二人で町で暮らすつもりでいる。本当に結婚を承諾してもらったわけではない」
「今後は、彼女の気持ち次第ということか」
「譲るつもりは無い。お前はロイダを守れなかった。だからもう、遠慮はしない」
ガイデルの瞳に光が戻った。港町にいた頃のように自信に満ちた熱い眼差し。その瞳はあの日々に見た海のように深く青い。
「彼女と話をさせてもらえないか。一度でいい。頼む」
彼女がサジイル王国に来る決意を翻すかもしれない。全てを捨てたガイデルと共に姿を消すかもしれない。それでも俺は、ガイデルを想うロイダの気持ちを無視する事は出来ない。
「分かった。お前には借りがある。これで借りは無しだからな」
わざと軽く言って笑ってみせる。ガイデルもぎこちない笑みを返してくれる。
「ところで、俺の不法滞在の片棒を担いだ件は、問題になっていないか?」
「父から大目玉をくらった。母には泣かれた」
「それは、悪かったな。⋯⋯結婚はどうなった」
「その話は少し前に流れた。俺には気持ちの無い相手と過ごすのは難しい。全てをロイダと比べてしまうんだ。苛立ちを抑えるのに苦労した」
「その気持ちは、分からなくないな」
自国で、しきりに王妃候補だという女性と引き合わされた事を思い出す。見目麗しい女性、何かに長けた女性、それぞれ素晴らしい女性だと思う。特に心根が悪いようにも思えない。しかし、例外なく俺の肩書しか見ていなかった。交流を深めれば俺の本質を見るかと期待したが、良い結果に終わった事は無い。
そういう女性と過ごした後は、ひどい疲ればかりが残ったものだった。
「ロイダと話をする場を設ける。連絡はどうする? これ以上、俺との関りを持たない方がいいだろう」
ガイデルは視線を落とした。恐らく両親からはこれ以上俺と関わるなと言われているだろう。
「リベスを覚えているか。俺の護衛をしていた男だ」
「もちろん覚えている。食卓まで囲んだ仲じゃないか」
「⋯⋯懐かしいな」
港町で剣の稽古をして、ロイダの作った朝食を皆で囲む。もう何年も昔の事に思える。
「リベスに連絡を付ければいいか」
「リベスは常に俺と共にいる。屋敷のリベス宛に知らせをもらえると助かる」
「分かった」
俺は手を差し出し、ガイデルは握手で応えた。
「同じ国に生まれていたら、友人になれたのでは無いかと思っていた。しかし、王子だったとはな。同じ国に生まれていたら、話をする事すら出来なかったな」
ガイデルは自嘲気味に笑った。俺はこの男に好感を持っている。真面目で真っ直ぐで、しかし優しすぎる男。彼の実直さが、この国の王宮で潰される事を思うと胸が痛む。他の道を見つけられる事を願っている。
「お前がサジイル王国に生まれれば良かったんだ。俺は、国元に平民の友人もいる」
「本当か?」
「この国では考えられない事だろうな」
本当のことだ。剣術の稽古を通じて誼を通じた同年代の平民が何人もいる。彼らは友人と言えるだろう。
「俺は生まれ変わらずとも、お前の事を友人だと思っている」
「ありがとう。⋯⋯では、殿下とは呼ばんぞ」
「今でも呼んでないじゃないか」
俺たちは笑顔で別れた。同じ女性を想う者として、お互いに思うところはある。しかし、本当に友情はある。
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