見守ってくれていた人

 翌朝、ロイダを仕立て屋夫婦の所に送ってから訓練所に向かった。仕立て屋夫婦はさほど悩まずにサジイル王国へ来る事を選んだ。


(本当に欲がない人達だ)


 蓄えがあるからサジイル王国で店を構える事が出来る、ロイダとヨーナを養う事も出来る、誇る姿は輝いていた。俺はこの二人を尊敬している。サジイル王国の国民として迎えられる事を心から嬉しく思う。


 訓練所に着くとすぐに代表が出てきて、俺を彼の執務室に案内した。俺は改めて身元を隠して職を得た事を詫びた。


「いえ、途中からは承知しておりました。ご存知無いと思いますが、我が国はサジイル王国から妙な依頼を受けています」

「妙とは?」


 一か月程前に、サジイル王国からもたらされた知らせは、王宮の人間を困惑させたらしい。第一王子のアーウィン・サジイルから何かしらの働きかけがあったら、サジイル王国まで知らせて欲しいという内容だったそうだ。


「すわ内紛かと王宮内に緊張が走りましたが、やがて王子は民草の暮らしを知る為に野に身を隠しているという噂が立ちました。理想とする安定した治世を敷く準備が整ったところで王位継承者となるつもりだと」


 俺は内心で手を打つ。この言い訳はいいではないか。


「当たらずとも遠からずだ」


 俺は、さもその通りという顔をする。実際には子供のような真似をして事故で出国して暗闇での儀式から逃げた。挙句、想いを寄せる女性と離れたく無いが為に王子としての責任を放棄し、あまつさえ国を捨てようとすらしていた。


(まずいな、言葉にすると完全に王子失格だな)


 少し気分が落ち込んだが、すぐに思い直す。


(違うな。ロイダとヨーナに出会い儀式を受ける覚悟ができた。これは運命に定められた行動だった)


 そもそも、父はこの問題を解決しろと言っていた。解決する方法を見つけたのだから、結果は出している。そう自分に言い聞かせる。


「サジイル王国の国王は殿下の身の安全を心配して、各地に消息を求めているようです」

「その王子と、訓練所で働く平民のアーウィンが結びついたのか。慧眼恐れ入る」

「いえ、あなたから時折放たれる気迫は常人が持てる者ではなかった。数々のご無礼をお許し下さい」

「私はここで多くの事を学んだ。むしろ、察しながら町の平民として接してもらえた事に感謝している」


 俺はここでの仕事を楽しんだ。感嘆した仕組みも多く、サジイル王国に戻ったら、ここでの方法を取り入れて同じような訓練所を設けてみようと考えている。


 代表は王宮で得た情報を教えてくれた。王宮では昨日の出来事が、乾燥した草原に火が燃え広がるがごとき速度で広まったそうだ。


「侯爵家は家人の誤解で行き違いがあっただけで、子息の衣服に刺繍を依頼しようとしただけだと言い触れております。ロイダ嬢に失礼をした家人数名には処分を与えるそうです」

「そうか。ロイダとヨーナ、仕立て屋は我が国に迎える事にしたが、他にも私達に縁があった人間はいる。侯爵家がこの国に残る者にこれ以上の手出しをしないのなら、それに乗ってやろう」


 無駄に敵を作る必要は無い。この国とサジイル王国の交流は今後も続けるつもりだ。外交に支障をきたす遺恨は残したくない。そんな遺恨を残して戻れば、父からの叱責は免れないだろう。


「今日の午後に王宮に行く。そこで和解の姿勢を見せれば問題は解決だな」

「恐らくは。彼らもサジイル王国との関係には神経を使っています。これ以上、殿下の機嫌を損ねるような真似はしないはずです」


 この国の戦争相手は、サジイル王国の友好国だ。その戦について出国時点では中立の立場を取り、和平の仲介を予定していた。この国としてはサジイル王国が敵国に肩入れする事態を一番恐れているはずだ。


 サジイル王国は資源が豊富で、戦になっても他国に頼らずに武器の製造を行う事が出来る。この国にも多くの資源を輸出していて、貿易で成り立ち、自国で生み出す力が乏しいこの国とは違う。サジイル王国との決別は、この国に破滅をもたらすだろう。


「身元を偽った私を雇用していた事で、あなたの立場が悪くなる事は無いか」


 代表は少し驚いたような顔をした後に、いつもの余裕のある微笑みを見せた。


「全く問題ありません。戦争が多いこの国で、私の家を敵に回すような畏れ知らずは王宮では生き残れません」

「これまでの事、今回の事、深く感謝する。これは私個人に対する貸しだと思ってくれて構わない。この先、困った事があったら知らせを寄越してくれ。立場上、全ての頼みを聞くとは約束出来ないが、可能な限り力を尽くす事を約束する」


 代表は少し苦しそうな顔をして視線を下に向けた。誇りを傷つけるような申し出だったかと心配になったが、すぐに彼は表情を戻した。


「殿下のような方が国王を持てるサジイル王国の国民が羨ましい」

「私はまだ、ただの王子だ。しかし私も、あなたのような臣下を持てる、この国の国王を羨ましく思う」

「身に余るお褒めの言葉、有難く頂戴致します」


 代表は騎士らしく優雅な礼をした。


 恐らく、訓練所に来るのは今日が最後になる。俺は昨日世話になった師範を始め、共に働いた仲間に挨拶をして回った。彼らは態度を多少改めはしたが、今までと同じように温かく接してくれた。


「ガイデル殿!」


 入り口近くの柵に腰掛ける姿が目に入った。しばらく前から待っていたようだ。駆け寄るとばつの悪そうな顔をした。


「邪魔をして申し訳ない。少し話がしたい」

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