伝わらない想い
「もう一つはどんな選択肢ですか?」
切り出してくれた事に安心する。
(いよいよだ)
緊張を気取られないよう、普通の表情を心がける。
「俺と一緒に、サジイル王国に来い」
「え?」
「俺の『特別な存在』だと公言して正式に国籍を変えれば、もう誰も君達に手出し出来ない。この国にいる間も俺の名前に守られて安全だし、サジイル王国に行った後だって、少し生活は変わるだろうが今まで通り家族のように過ごせる」
「特別な存在ですか?」
「サジイル王国では、正式な王位継承者として認められた後に妻を選ぶ事になっている」
「はい」
「今まで逃げ続けて来たから、俺はまだ王位継承者として認められていない。しかし、君達と過ごして決意を固める事が出来た。国に戻ったら王位継承者になる儀式を受けて、君を妻として選ぶ」
「はあ」
「俺の国には妾を持つ制度はない。妻は一人だけだ。だから安心して結婚相手としてサジイル王国に来てくれ」
鼓動が早く強く打つ。ロイダはまだガイデルを愛しているだろう。その気持ちの強さは、身の安全に勝るかもしれない。ただしヨーナがいる。ヨーナの安全を願う気持ちは、ガイデルへの愛を越えるのではないか。
永遠にも思える時間が流れる。しかし、ロイダは首を傾げてぼんやりしている。受け入れるか拒否をするか、迷うか。そのどれかだと思ったのに、まさか理解すらしてもらえていないのか。
(ロイダの世界では、恋心と結びつく対象はガイデルたった一人なんだな)
分かっているけれど苦しい。どうして俺では駄目なのか。懸命に苛立ちを押さえて次の言葉を選んでいると、急に彼女がはっとした顔をした。
「アーウィン様と私が結婚するってことですか?」
そのまま、握っていた手を振り払われてしまった。困惑して口がきけない様子の彼女を見て、ますます苦しくなる。
(しっかりしろ。俺は何を一番望む?)
ロイダとヨーナを連れて国に帰ること。欲張ってはいけない、気持ちを分かってもらうのは後でもいい。
感情を抑えて、出来る限り落ち着いた声を心がける。
「心配するな。表面上そう取り繕うという事だ。俺の結婚相手という肩書があれば、国籍を変えやすいし侯爵家と言えども君達に手出し出来ない。俺の国に行った後も、結婚相手なんだから近くで暮らす事も自然に見えるだろう?」
ロイダは見るからにほっとした顔を見せ、また俺を傷つける。
「でも取り繕うにしても、異国の平民と結婚なんて無理がありませんか?」
「前に言った事なかったか? サジイル王国では平民と貴族の結婚が許されている。俺の母が早逝した後、父は後添えを迎えた。その継母は平民出身だけど、皆に受け入れられて愛されている」
ロイダが迷っているように見える。たたみかけるように、説得の言葉を重ねる。
「初めて行く国で、いきなり二人では暮らせないだろう。君とヨーナが俺から離れても大丈夫だと思えるまでは一緒にいよう。急がなくていいから、落ち着くまでは結婚相手として暮らせばいい」
「でも、本物の奥様を選ぶ必要がありますよね。アーウィン様がお困りになりませんか?」
もう選んでいる。俺はロイダと結婚したい。でもその気持ちは出せない。
「困らない。そんな事は気にしなくていい」
ロイダが視線をせわしなく動かす。この表情は知っている。答えは決まっているのに言い出せない時。言い出せない理由は何だ。
(遠慮だ)
彼女の事だ。きっと俺に迷惑を掛けなくないと考えたのだろう。どうしたらその気持ちを消せるか。心からの願いを伝える、伝わってくれ。
「俺は君達の幸せを望んでいるし、離れたくない。一緒に行こう。今度こそ、俺を頼ってくれないか?」
ロイダの瞳が俺を捉える。しかし、すぐにまた迷うように逸らす。鼓動がますます早くなる。駄目なのか。
「あの、サジイル王国でも私の刺繍は仕事に出来ると思いますか?」
「それは、確実に約束できる。この国とはまた違う布や糸が手に入るだろうから、新しい意匠を考えるといいんじゃないか」
「言葉は、どうでしょう。サジイル語は片言程度ですが、共通語でしたら私もヨーナも読み書き会話、支障なく出来ます」
「それで十分だ。サジイル王国でもほとんどの人が共通語が使える」
「ヨーナが通えるような学校もありますか?」
「ある、安心しろ」
ロイダは少し嬉しそうな顔をした。鼓動が音となって耳を打つ。彼女にまで聞こえてしまいそうだ。
「サジイル王国でも、すぐに自立出来る気がしてきました」
ロイダは、視線をしっかり俺に定めると姿勢を正した。
「私とヨーナを、一緒に連れて行って頂けないでしょうか。出来るだけご面倒をお掛けしないよう心掛けます」
「うん、一緒に行こう」
(やった!)
嬉しさで叫び出したいのをこらえる。俺は平然とした顔を保てているだろうか。
ロイダとヨーナが、サジイル王国に一緒に来てくれる。心は伴っていないが、結婚相手として連れて行くことが出来る。
(ロイダとヨーナが一緒ならば、俺は暗闇の恐怖を克服できる。必ず王位継承者となり、ロイダを本当の妻に選んでみせる)
俺が勝負出来るのは、ロイダがサジイル王国でヨーナと二人で生活していけると思うまで。それまでに彼女の心を俺に向けてみせる。
その日の夜、寝付けないのかロイダは何度も寝返りを打っていた。眠った振りをしていると、ロイダがヨーナの枕を引き寄せた気配を感じる。無理もない。危うく、全てから引き離されて意に沿わぬ相手の妾にされる所だった。
薄目を開けると、ヨーナの枕をぎゅっと抱きしめて、何かに耐えるように身を固くしている。
俺は、彼女を驚かせないようにそっと手を握ると、俺の国の子守歌を歌った。遠い昔、記憶の中の母が歌ってくれた子守歌。まだ、俺が暗闇を恐れずに眠れた頃に気に入っていた歌だ。
彼女の力が抜けて、歌を聞いてくれていると感じる。しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえてきた。
ロイダの寝顔は、とても美しい。
(ごめん、君の愛するガイデルとは離れる事になる。俺はそれを喜んでいる)
ガイデルとロイダが離れなくて済む方法を考えたか。答えは否だ。
「必ず君を守る、大切にする。だから一緒にいてくれ」
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