剣術友達

「俺と剣の稽古をしないか」


 翌朝もやってきたガイデルは木剣を一振り俺に手渡した。


「サジイル王国の流派だろう? 面白い太刀筋だ。教えてもらえないだろうか」


 俺は慌ててガイデルを庭の隅に引っ張って行った。護衛だと言う年配の男が緊張した空気を出す。


「ロイダにも、ヨーナにも、どこの国から来たか話していない。詳しい事を言うつもりはないんだ」

「あなたは、⋯⋯ただの平民ではないだろう。そういう事も話すつもりは無いということか」


 ガイデルがどこまで把握しているのか分からない。俺の行方が知れない事は海を挟んだこの国までは届かないはずだ。王子が行方不明という事は政治的に微妙な話だから自国内でも秘密にされている可能性が高い。


「俺は、遠い外国から来た平民の放蕩息子だ。家出中だ」

「⋯⋯分かった」


 詮索してくれるなという気持ちを受け入れてくれたようだ。最初に面白がって挑発した俺の事を、感情で目を曇らせる事なく冷静に評価しようとしている。自国にいたら友人になれたかもしれない。

 

「俺も、君の太刀筋が気になった。お互いに教え合わないか?」

「望むところだ」


 木剣で立ち会った感触から、先日の真剣ではお互いに本気を出していない事が分かった。俺に腹を立てながらも、怪我をさせないよう気を配っていたらしい。


(憎めない男だな)


 自国では、眠る為に体を限界まで疲れさせようと、相当な量の稽古をしていた。半月ほど怠けているうちに、腕が落ちてしまった気がする。日を経るごとに俺とガイデルの稽古には熱が入り、稽古時間を確保する為にガイデルは、夜明けすぐに訪れるようになった。


 朝食も取らずにやってくるガイデルと護衛の為に、ロイダは彼らの分まで朝食を用意するようになった。俺の国でも、この国でも、貴族と平民が食卓を囲むのは珍しい。長い付き合いのガイデルとロイダも、初めて一緒に食事を取ったようで、ガイデルは心から嬉しそうにしていた。


「どれだけロイダが好きなんだか」


 一度からかったら、頭から湯気が上がるのではないかと思うほど赤くなって睨みつけてきたが否定しなかった。これだけ好きでも結ばれない。気の毒な事だとは思う。


 ロイダとヨーナが王都に発つ日が近づく。それは俺の休暇の終わりでもある。その事を考えると憂鬱になる。


「なあ、ヨーナ」


 熱心に人形を並べるヨーナに声を掛けてみると、大きな瞳をこちらに向けた。ロイダが家事や仕事をする間、俺はヨーナと遊んだり勉強を見てやっている。人が減って学校も閉じてしまったそうだ。


「俺は、君と姉さんの邪魔になっていないか?」


 子供にこんな事を聞いても仕方ないのに。聞いた自分が馬鹿に思えたが、意外にもしっかりした答えが返ってきた。


「邪魔じゃないよ。お姉さま、アーウィンさまが来てくれてから、笑う事が増えたの。ヨーナをぎゅっとして、我慢しなくなったの」

「我慢?」

「そう、お姉さまね、怖い事とか心配な事があってもヨーナに隠して一人で我慢するの。ヨーナが寝た後に泣いている事もあるの。ちゃんと知ってる」


 まだ若いのに幼い妹を抱えて暮らしているのだから、不安を覚えて当然だ。ふわふわした笑顔の奥に、色々な思いを隠しているのだろう。


「俺が来て、少しは怖い事が減ったのかな」

「うん、そうだよ。だから、アーウィンさまは、ずっと帰っちゃダメなの。ねえ、お引越しにも一緒に来てくれる? いいでしょう?」


 どきりとした。俺は二人が王都に行くまで休暇のつもりでここに居ると決めていた。しかし、二人が発つ日が迫るにつれて、別れたくない、一緒に行きたいという気持ちが強くなっていた。


 毎日二人と笑って過ごして夜は深く眠る。剣術を楽しむ友人も出来た。


(ガイデルには、友人ではないと言われそうだな)


 仏頂面で言われる事を想像すると笑みがこぼれてしまう。もう国に戻らなくてもいいじゃないか、そんな気持ちが俺の中で膨らんでいる。


「一緒に行けたらいいな」


 ヨーナは少し考えるように俺を見つめると、人形を置いて立ち上がり。俺の腕にぎゅっとしがみついた。俺はその頭をゆっくり撫でてやった。



 噂に聞くばかりだった仕立て屋夫婦に会えた時には、あまりに想像通りで感動すら覚えた。彼らは俺の立ち姿が気に入ったらしく、巻き尺を持って寸法を測って喜んでいる。俺の為の服を作ってくれるらしい。


(お人よしという意味では、ロイダと変わらないんじゃないか)


 後見人を務めている娘が見知らぬ男を家に入れているのに、恩人だと言うだけで信用してくれた。王都はここよりも人が多い分、悪い人間も増えるはずだ。騙されずにやっていけるのか心配になってしまう。


 夫婦はロイダとヨーナが王都で二人だけで暮らす事を心配していた。俺も心配で仕方ない。


「いくらロイダが成人したと言っても傍から見たらまだ子供みたいなもんだ。治安が悪くないとは聞いてるけど本当に心配でならない。あんたからも、俺達と一緒に暮らすように後押ししてもらえないか」


 ご主人の意見には心から同意するが、短い付き合いでもロイダが頑固な事は分かっている。二人で暮らすという決意を翻す事は難しいだろう。


 俺は二人と一緒にいたい。まだ国には帰りたくない。それなら。

 

「実は、私も王都に行こうと思っています。私の剣術の腕はこの国でも通用するようです。王都には訓練所も多くあり、師範も多く必要とされていると聞きました。仕事を見つける事は出来るでしょう」


 ガイデルから王都には剣の訓練所が多くあると聞いていた。どこかで定期的な訓練を続けようと思うが、選ぶのが難しいとこぼしていた。師範を求めている訓練所の一か所くらいあるだろう。


「え!」


 ロイダが目を丸くしている。俺が一緒に暮らすのか、独り立ちするつもりなのか判断がつかずに戸惑っているように見える。彼女が受け入れてくれるかどうかは賭けだ。


「引き続き、ロイダとヨーナの家に世話になろうと思っています」


 ロイダは嬉しそうな顔を見せてくれた。


 眠ってしまったヨーナを抱えて歩く帰り道、ロイダは、俺に自分の家に戻らなくていいのかと尋ねてきた。踏み込んだ事を聞かれるのは初めてだ。


 俺は素性は告げなかったが、正直に家出中で帰りたくないと伝えた。ロイダは彼女らしく、心配はしてくれたが余計な意見を言わない。そして珍しく本音をこぼした。


「あの⋯⋯戻る気になるまで、私達と一緒にいて頂けるのですか?」


 心臓が跳ねた。彼女は嫌だと思っても態度には表さない。分かっていたから、本音では迷惑だと思っていないか気になっていた。


「一緒にいたいと思われてる、そう受け取っていいの? 本気にするよ?」


 彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。


「一緒にいて欲しいです。⋯⋯一人でヨーナを守らなければと思っていて、でも本当は少し不安で。アーウィン様が来て下さってから、私はぐっすり眠れるようになりました」

「今まで眠れなかったの?」

「強盗も増えていると聞いていましたから、少しの物音でも目が覚めてしまっていました。アーウィン様は強いですから、どんな悪い人が来ても安心です」


 彼女はガイデルが護衛に家を守らせている事を知らない。隣家が引っ越し、近隣から人がいなくなった後は彼女も怖いと思っていたのだろう。それを、隠して我慢して暮らしていた。ふわふわ流されそうに見えて、変に自立心があって頑固だ。良い所でもあり、周りを心配させる所でもある。


(それがロイダなんだな)


「任せてくれ。強盗が来ても、ヨーナが怖がる狼が来ても、俺が一撃でやっつけてやろう」


 嬉しそうに笑ってくれた。


 でもロイダは、俺も二人に救われている事を知らない。二人と暮らすようになってから、毎晩深く眠ることが出来ている。暗闇の怖さを克服出来たかもしれないと思い、明かりを消したままの浴室に入ってみた事がある。結果は無残なものだった。


 動悸が激しくなり、汗が止まらなかった。恐怖のあまり、歯の根が震え手足から力が抜けそうになった。明かりのある所に出てからもしばらく、冷たい汗がひかなかった。


 寝室で平気なのは二人がいるからだ。


「俺も君達に救われているんだ。一緒にいたいと言ってもらえて嬉しい」


 心からの言葉を、ロイダは優しく受け止めるように微笑んでくれる。目を合わせて笑い合い、俺達は家に向かった。

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