二週間の休暇

「何をなさっているんですか!!」


 ロイダの大声が響いた。ガイデルが動揺した様子を見せて、剣を引くと数歩後ろに下がった。


 「もういい、分かった。勝負はお預けだ」


 ガイデルは軽く剣を振ると、後ろに控えた年配の男に渡した。そして気まずそうな顔をして俺を見る。


「ほら、返せよ」

「はい、はい」


 彼女が現れた途端に、別人のように落ち着いた様子を装っている。


「どうして、こんな事に」


 ガイデルは、ひどく不機嫌そうな顔をしている。彼女の口調は目上の人物に対するものではない。身分を考えると不自然だ。


(やはり、恋人かそれに近い親しさということか)


 俺はまた悪戯心を刺激された。ガイデルを挑発してみたくなる。


「君の怖い恋人が、不貞を疑って俺を切り捨てようとしたんだよ」


 彼女が唖然とした顔でガイデルを見る。ガイデルは赤い顔をして狼狽している。この男は真面目で融通が利かなそうだ。いちいち反応が面白い。


「失礼な事を言うな! ロイダと俺は恋人同士ではないし、君とロイダの間に何かあるなんて疑ったりしない」

「だって家から出て来た俺を見て、血相を変えて身元を問い質したじゃないか」


 恋人ではない。ということはガイデルの一方的な好意ということか。ますます面白い。俺は邪魔な髪を後ろにまとめた。


 ガイデルはロイダから昨日の出来事を無理やり聞き出した。彼女も自分の行動がうかつだったという自覚はあるらしく、最初は隠そうとしていた。しかし最後には正直に白状していた。


 全てを聞いたガイデルは俺に向かって、彼女を救った事に対して礼を言い、頭を下げた。俺はその行動に少し驚く。


 貴族と一括りに言っても、もちろん人柄はそれぞれ違うが、俺が知る限りでは総じて気位が高く、滅多な事では平民に頭を下げたりしない。自国でも異国でも、今までに出会った貴族のほとんどはそうだった。この男はロイダへの態度と言い、身分よりも人柄を見るようだ。


 俺はガイデルに好感を覚えた。


 やりとりを見る限り、彼女の方もガイデルに好意を抱いているように見える。しかし関係が恋人にまで進まないのは身分の壁があるからだろう。


(可哀そうにな)


 しかし昨日の事件で余程心配になったのか、ガイデルは少し踏み越える事にしたようだ。


「ロイダ、ここはもう安全とは言えない。王都に出発するまでの間、ヨーナと一緒にうちの屋敷に来て欲しい」


(求婚ということか!)


 興味深い。俺の国では屋敷に住まわせるという行為は、結婚が前提と受け取られ、この行動は求婚にあたる。面白い場に居合わせたと観察していたが、喜んで受けるかと思った彼女は、ひどく困った様子を見せた。断りたいのに上手く言葉が見つからない様子。


 ガイデルにもそれは分かっているようだが、何としても承諾させようと決意しているのか、彼女の気持ちを汲んで引いてやる気は無さそうだ。俺はロイダが気の毒になった。


 身分の違う結婚は、恐らくこの国でも歓迎されないのだろう。口さがない者の無神経な言葉を跳ね除けるには、相当な覚悟が必要だ。無理やり承諾させられたなら、その覚悟を持つことは難しいはずだ。


(ロイダが答えを出せるまで、猶予を作ってやるか)


「それなら、俺がここにいるよ。しばらく住むから心配いらないよ」

「「え!」」


 ロイダとガイデルだけでなく、ずっと無表情だった年配の男まで驚いた顔をした。皆のぽかんとした顔が面白くて仕方ない。


「あの、しばらくって。今日も明日もお泊りになるという事ですか?」


 ロイダが目を見開いたまま俺に尋ねる。


「俺はもう船を下りたんだ。暮らす場所と仕事を探してたから、ちょうど良かった。護衛代わりにここに置いてよ」

「私とヨーナは二週間後に、ここを引き払って違う土地に移るつもりです。なので、えっと⋯⋯」


 先ほどガイデルが王都に行くまでの間と言っていた。二週間ならちょうど良いだろう。二週間ここで過ごして国に帰ればいい。休暇としてちょうどいい長さではないか。


「二週間ででいいよ。その後は別の場所に行くことにする」


 彼女は迷うのか、ちらりとガイデルの顔色を窺った。ガイデルの顔には反対だと書いてある。彼女の泣き所を突いてみる。


「恩人が困ってるんだから、助けてくれるだろう? 置いてくれるよな?」


 予想通り彼女は『恩人』の言葉に負けた。


「――はい」

「ロイダ!」


 ガイデルの眉が吊り上がっている。まあ当然だろう。


「お姉さま、おはよう!」


 そこにヨーナが寝巻のまま飛び出して来て姉にしがみついた。そのまま飛び跳ねるようにガイデルにしがみつく。そして、同じように俺にもしがみついた。


(俺の所にも来てくれるのか)


 昨晩出会ったばかりの俺にも向けてくれる好意を、素直に嬉しく思う。


「おはようございます、王子さま」

「おはよう、お姫さま」


 ヨーナが満足そうに笑った。その様子を見てガイデルが諦めたようにため息をついた。ヨーナが懐くなら悪い人間ではないとでも判断したのだろうか。甘い男だ。


「町の警備を、もっと増やした方が良さそうだな」


 ガイデルはもう一度ため息をつくと年配の男に指示をした。しかし、この言葉は俺に向けたものだろう。この家の警護は続ける、信頼を裏切るなと言っている。


(いや、面白い休暇になりそうだな)


 宿代として、ロイダとヨーナが王都に発つまでの二週間、護衛になってやることにした。

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