監視者の正体
鋭い気配に目が覚めた。素早く体を起こそうとして、腹の上に何かが乗っている事に気が付いた。
「おっと」
すうすうと寝息を立てた女の子の足が、俺の腹の上に乗っていた。すぐに昨晩の事を思い出す。
(そうだ、ロイダとヨーナの家に泊めてもらったんだったな)
自分が眠っていた事が信じられない。暗い所も人の気配も苦手だった。王宮の自室でも、こんなにぐっすり眠れた事はない。身も心も軽くて最高に気分が良い。
寝室を出て他の部屋も覗いてみるがロイダは不在だ。朝食の材料でも調達しに出たのだろう。
感じ取った鋭い気配を探る。大人数では無さそうだ。
(俺の存在が、監視を指示していた奴の耳に入ったな)
耳に入ったのが今朝なのか、夜のうちに知ったが朝になるまで訪問を控えたのかは分からない。俺は着替えの上に乗せた長剣を少し眺めて手に取るのを止めた。剣など無くても、そこらの兵士に負けないという自信もある。
また少し考えて、着替えも止めて寝乱れた服のまま外に出る事にした。油断しているように見えるだろう。
(面白い。監視を指示した本人だといいな。さて、どんな人物か)
俺は心を躍らせて、外の人物に気が付いていないような様子を装ってゆっくりと扉を引いた。扉の外には堅苦しくはないが整った身なりの若い男と、その後ろに年配の男の姿があった。二人は俺の姿を見るなり、腰の剣に手をかけた。
(しまった)
この二人はそれなりの使い手のようだ。長剣を佩くべきだったかもしれない。
(いや、不用意に抜けば軽い怪我では済まない)
俺はわざと緊張を解いて驚いたような顔を作った。しかし俺が口を開く前に鋭く質される。
「何者だ」
低い声からは怒りすら感じる。家族や親族という様子ではない。
(ロイダの恋人か?)
しかし平民の身なりではない。後ろは恐らく若い男の護衛だろう。この男が貴族だとしたら恋人と言うには身分が違い過ぎるだろう。少し挑発してみる。
「ロイダに招待されて、泊めてもらったんだ」
「お前の身元を質問している。答えろ」
「嫌だね。人の身元を聞く前に、まず自分が名乗るべきだろう?」
年配の男の方が、少し腰を落として剣の柄を握る。
「何だよ、名乗りもしないで俺を切り捨てる気か? 怖い町だなあ」
若い男は挑発に乗らない。鋭い視線を俺に向けたまま剣から手を離すと姿勢を正した。
「俺はガイデル・シード。この地の領主に縁ある者だ」
「へえ、領主の」
恐らく子息だろう。この男が、ここの警護を部下に命じていたのか。彼女とどんな関係なのか分からない。
「お前の番だ。名乗れ」
「アーウィンだ」
ガイデル・シードは苛立ったように表情を険しくする。
「どこから来た何者だ」
「別に何者でもない。ただの旅人だよ」
「ロイダは?」
もう少し挑発する事にする。
「さあね。一緒に寝ていたけど、起きたらいなかったな」
「一緒に寝ていただと?」
ガイデル・シードの怒りが一気に膨れ上がるのが分かった。
(少なくとも、この男はロイダに好意を持っているわけか。面白い)
「寝顔が可愛かったなあ」
先に寝てしまい彼女の方が先に起きた。寝顔なんか見ていない。しかし、ガイデル・シードの怒りは限界を越えたようだ。
「受け取れっ!」
ガイデル・シードは腰の剣を抜くと、柄をこちらに向けて放る。俺は前に踏み出して柄を握るようにして受け取った。
「丸腰の相手を斬るつもりはないッ!」
ガイデル・シードは年配の男の腰から剣を抜くと俺に向かって構えた。
(面白い。やるか)
俺が庭を目で示すと、ガイデルは軽く頷いた。場所を移動して剣を構える。その姿勢を見たガイデルは、少し意外そうな顔をしてから構え直した。すぐに俺に向かって斬り掛かってくる。
真剣を振るう以上、当たれば大けがでは済まない。俺は剣を受け流しながら、出来るだけガイデルには斬り掛からないようにする。しかし、ガイデルは予想以上に腕が立つようだ。次第に受け流すだけでは、凌げなくなってくる。
「悪かった、冗談が過ぎた!」
もしもロイダの恋人だとしたら怪我をさせたくない。少なくとも、彼女の事を心から心配している人物を傷つけたくはない。
「冗談だって?!」
ガイデルは剣をふるう腕を止める気はないようだ。
(これは、この国で主流のものか。面白いな)
予想を超えた太刀筋を見せる。ガイデルの方も俺の太刀筋が気になるようだ。
「お前、どこから来た。その剣さばき⋯⋯どこかで見たことがある。少なくともこの国ではないな?」
身元を知られたくない。俺は無難な太刀筋を意識する。年配の男が落ち着いた良く通る声で言う。
「サジイル王国」
「!」
国を言い当てられ、一瞬気が逸れる。その隙を狙って剣を振り下ろされ、剣で受けて跳ね上げる。大きな金属音が響いた。
「剣を引け、争う気はない! 俺が悪かった。事情があって彼女と町で知り合った。宿が無くて困っていた所、厚意を受けて泊めてもらっただけだ」
「町で知り合っただと? それだけの男を家に入れるものか」
「まあ、普通はそうだな。でも、そういう無防備さが心配だから、あんたはこの家に護衛を付けていたんじゃないか?」
「護衛など知らない」
ガイデルの視線が揺れた。恐らく、護衛の事は彼女には秘密にしているのだろう。
「何をなさっているんですか!!」
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