ピクニック
「ヨーナちゃんのお兄さん、とっても素敵ね!」
女の子が数人連れ立って来て、アーウィン様の前に立った。真っ赤な顔をしてもじもじと挨拶をする。
「「「こんにちは」」」
「こんにちは、可愛いお嬢さんたち」
「「「きゃあ!」」」
女の子達はアーウィン様が優雅な礼をすると、ますます顔を赤くして飛び跳ねて逃げてしまった。ヨーナは自慢するようにアーウィン様にくっついている。
お弁当を広げている時に、今度は違う女の子達が母親を連れてきて『ね、素敵でしょ!』と耳打ちし、アーウィン様が挨拶をすると母娘で真っ赤になって慌てて挨拶を返して去って行く。
「アーウィンさまが素敵すぎるから、ヨーナのお友達はみんな大好きになってしまうのよ」
「それは光栄だな」
サンドイッチを口に運ぶアーウィン様に、ヨーナは嬉しそうに言う。私は申し訳なくて仕方ない。
「お休みなのに、お付き合い頂いてありがとうございます」
「いや、楽しいよ。ヨーナの学校での様子も分かるし、こうやって外で食事をするのも気持ちがいい」
ヨーナの学校では、定期的に保護者が参加できるピクニックを催す。初めての事に緊張していたら、アーウィン様も一緒に行きたいと付き合ってくれた。子供達の父兄より年若い私たちは、ただでさえ目立つ上に、アーウィン様の整いすぎた容姿は注目を浴びていた。でもアーウィン様は人目に晒される事に慣れているようで、あまり気にした様子を見せない。
「ヨーナ、お友達と遊んで来るね」
まだほとんど食べていないのに、ヨーナは友達の所に走って行ってしまった。長い縄を回して飛び跳ねて遊ぶ子達に混ざり、きゃあきゃあはしゃいでいる。田舎から出て来た私達を受け入れてもらえるか心配していたけれど、王都には様々な場所から集まって来た人が多く、過去に住んでいた場所など誰も気に留めないようだ。
「周りの子と上手くやれているようで、安心したよ」
「アーウィン様、本当のお父さんみたいです」
アーウィン様は、食べかけのサンドイッチを置いて私の方に顔を向けた。珍しく真剣な顔をしている。私もつられてサンドイッチを置いた。
「俺は君とヨーナの事を、本当の家族だと思ってるよ」
『だけど』と続きそうな気がして、胸がぎゅっと苦しくなった。もしかして、ここを去るつもりだろうか。嫌だ、嫌だ。じんわり涙が浮かんでしまう。
「何だよ、何で泣くんだ? 俺、変な事を言ったかな」
「ごめんなさい、違います。アーウィン様が去ってしまったら寂しいと思って」
「え、何? 俺を追い出すつもり?」
「違います! 違います! 今の話の流れで、家族だと思っているけど家に帰る事にしたって言われそうな気がしてしまって」
アーウィンさんは『何だそれ』と呆れたように笑った。
「俺が帰る家は、君達と暮らすあの家だ」
ますます涙が出そうになる。誤魔化すように笑うと、アーウィン様は声の調子を少し落とした。
「ガイデル殿とは会えていないのか?」
「はい、王都に来てからはほとんど会っていません」
一度、アーウィン様が働く訓練所で顔を合わせた事がある。他にも、二度ほど家に来てくれた事があった。執務で通りがかったついでに馬車を止めて立ち寄ったと言う。慣れない仕事に苦労しているようで、とても疲れて見えた。
どうしても顔を見たくて我慢できなかった、そう言って私の顔を見るとすぐに立ち去ってしまい、話は全くしていない。
「それでいいのか?」
「申し出を断ったのですから、こうなるのが自然です。このまま会う機会が減れば、彼の中でも少しずつ私の存在は消えていくでしょう」
「君はどうなんだよ」
「時が経てば良い思い出になる気がしています」
「ふうん」
アーウィン様は納得いかないような顔をしている。
「アーウィン様には、故郷にそういう想い人はいらっしゃらないのですか?」
「ん? そんな女性がいたら家出なんてするものか」
「へえ、そうなんですか」
考えている事が声に現れてしまったのだろう。アーウィン様が少し苦い顔をした。
「変な想像してただろう。言ってみなよ」
「ふふふ。私、アーウィン様の家出の原因が離婚ではないかと思っていました。」
「何だそれ!」
心底驚いたような顔をしている。
「だって、小さな子の扱いに慣れていらっしゃいますし、身近に男の子がいたとおっしゃっていたので、奥様が息子さんを連れて去ってしまった悲しみで、家出をしたのかと想像していました」
「そんな事を思っていたのか。想像力が豊かだなあ。全然違うよ」
「そうでしたか」
「あ、まだ疑っているな」
家出をして戻りたくない程の事というと、私の貧弱な想像力ではこのくらいしか思い浮かばなかった。だからずっと、離れて会えない息子の代わりにヨーナを可愛がっていると思っていた。そう伝えると空を見上げてため息をつかれた。
「子供に慣れているのは、ヨーナと同じ年齢の弟がいるからだ。⋯⋯俺は、家を継ぐ為に、解決すべき問題を抱えている」
真面目な調子に、心臓がどきんと大きく打った。アーウィン様が自分の事を話すのは珍しい。
「どうしても、それが出来なくて苦しくなって逃げた。解決出来そうな方法は思いついたんだ。でも、それを実行する勇気が出ない」
「勇気ですか?」
「うん、そうだ。⋯⋯君がガイデル殿と決別する勇気を持てないのと、似ているかもしれないな」
「なっ!」
決別する勇気。
「君はもう、ガイデル殿と一緒にならないと決めているだろう? だったら、いつまでも立ち止まっていないで、別の道に進んでもいいんじゃないか?」
「でも、でも、急がなくても、良い思い出になってから別の道に進めば⋯⋯」
「時間が経っても思い出にならない事に、もう気が付いているだろう?」
鋭い言葉は正しくて、深く私の胸に刺さった。時間が経つほどに辛さが増すばかりで、全然思い出になってくれない。その事を見抜かれている。
「⋯⋯どうしたら、別の道に進めるでしょうか」
「簡単だよ。他の男を見つければいい。君に好きな男が出来れば、ガイデル殿だって諦めて自分の道を進む」
いつもの軽口かと思ったけど意外に真面目な顔をしている。まだ港町に友達が大勢残っていた頃、誰かが言っていた。失恋を忘れるには次の恋。
「そうですね、そうかもしれません」
次の恋。具体的にどうしたらいいだろう。ガイデルじゃない誰か。友人達が言っていた事を思い返してみる。近所の商店の若者を好きだった子がいた。洗濯屋と結婚した子もいた。
周りに誰か若い男性がいただろうか。魚屋さん⋯⋯は動きが荒くてちょっと怖い。他には⋯⋯。
「あ! 糸問屋の息子さんは親切な方ですね。頻繁に顔を合わせますし、刺繍の事も良くご存知ですし話が合うかもしれません。私の事を相手にしてくれると思いますか?」
「糸問屋の息子だって?!」
余りに身近で節操が無かっただろうか。少し恥ずかしくなる。
「すみません、身近すぎますか? 幼い頃からガイデルが好きだったので慣れなくて。友人達みたいに周りの男性を好きになってみればいいかと思ったのですが、他に若い男性が思い当たらなくて」
アーウィン様は心底呆れてしまったようだ。何かを言いたそうに口を開き、言うのを止めたのか口を閉じる。また開き、ためらうように閉じる。
何度か繰り返した後に、大きくため息をついた。
「糸問屋の息子は頭が悪そうだ。やめておけ」
「ひどい! ひどい事をおっしゃいますね!」
アーウィン様は数回しか顔を合わせていないはずだ。その割にはずいぶんひどい事を言う。
「いつも釣銭を間違えているじゃないか。そうだな、魚屋の息子も駄目だ、行儀が悪い。数件先の家の息子もよく話し掛けてくるが駄目だ。訓練所に来ているがまるで運動が出来ない。他には⋯⋯」
「そんな事をおっしゃったら、誰もいませんよ! 完璧なご自分と比べてはいけません」
「俺は完璧?」
嬉しそうな顔になる。子供みたいだ。何だかおかしくなってしまい、笑ってしまう。アーウィン様も笑い出し、二人で大笑いした。
ヨーナが『喉が渇いた!』と駆けて来る。私は水筒とカップを探して辺りを見回した。
「よし、決めた。俺も勇気を出して踏み出す」
飛びついて来たヨーナに気を取られてしまい、アーウィン様が呟いた言葉には返事が出来なかった。
「皆で歌を歌いますよ!」
先生が呼びかける声が辺りに響いている。
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