関颯太・同日
いつもと同じように、いつもと同じように笑顔の仮面を付けて、僕は関颯太を演じた。
動揺は、誰にもバレていないはずだった。
彼女を見た時、確かに予想外のことで驚いたが、よく考えれば細心の注意を払いつついつも通り合コンを全うすればいいだけだ。
酒は飲むふりをして、ただただ完璧な関颯太を演じるのに徹した。
自分から笑顔で自己紹介をして、遅れた理由の影に「恋人」がいることとか、そんなのが間違ってもまず岸と神谷の口から出ないように。
会話を誘導し、かと言って先導しすぎず、支配せず。
それでもしずくさんと目を合わせたり、直接言葉を交わしたりはなぜかできなかった。彼女の目を見ると、勝手に全てバレてしまいそうな気がして。
しずくさんの透き通った瞳は、何もかも見抜いていそうだった。
そうやって気を張り詰めて、数十分が経った頃。真ん中に座っていた優香ちゃんが隙を突くように話題を変えた。
「――毎回変な男に引っ掛かるんだよね。彼女が別にいたり、やり捨てされたり、シンプルにクズだったり。もうやんなっちゃうわ」
店員を呼び止めようと辺りを見回していたしずくさんに気が取られて、思わぬ会話の転換を許してしまった。おまけに、最初の方を聞き逃した。
まずい、と思ったころには遅かった。こんな内容が相手から飛び出してきて、岸が空気を読んで我慢なんてできる訳も無かった。
「げ、やっぱ本物だなお前! 颯太最初見た時もイケメンって言ってたもんなー」
「えー、そうなん?」
「まーこいつの場合清々しいクズだからな。女の子騙すとか傷つけるとかはことはしないけど!」
「絶対そんな感じじゃないと思ってたのに! 颯太君爽やかすぎだし!」
「騙されんだよなー。こいつは他が完璧だからよ。今日遅れた理由も、彼女だぜ」
否定の言葉すら出なかった。ただ聞こえていないふりをするしか。何を言ってもマイナスに作用する気がして、目の前にいる人にただ幻滅されたくなくて。
いつもなら笑って誤魔化すか、しっかりとそういう人間だと暴露するか、どちらかが適切で、どうするべきかなんてすぐに考えられて、行動に移せた。
だが、会話に混ざることも、顔を上げることすら、彼女の顔を見るのがただ怖くて。
恋人に浮気がバレるとか、そういう類の感情とは別だと思った。もちろん、そんなシチュエーションに出くわしたことも、出くわすことも無いだろうから分からないけれど。
それは、例えばずっと隠していた後ろめたいことが、心から尊敬する人を幻滅させるようなことが、その本人に見抜かれてしまうのが怖い、とか。
いや、分からない。
純粋に、何の混じり気もなく、それ故に考える隙も無く、ただその真実が漏れ出てしまうこと、それだけが酷く恐ろしかった。
小学生の頃は親に厳しくしつけられて交流する友達すらまともに選べなかったし、その後は中高一貫の男子校で、僕は寮に入っていたから、高校を卒業するまで恋心と言うのが何なのか知らなかった。
たまにクラスメイトに彼女ができたとかでクラスが盛り上がって、誰がヤったとか、ヤってないとか、童貞とか、あの先生可愛いよなとか、そういう会話はあったけど、果たしてそれがどういう感情の先にあるのかなんて分からなかった。
街を歩く他校の女子には可愛い子だっていたし、人並みに性的な行為にだって興味があった。
ただ、物語で抱くような恋というのが、性欲とどう違うのかなんて分からなかったし、考えたことも無かった。
異能力バトルが繰り広げられるような漫画を読んで、自分自身が同じ境遇になって無双するとか、大人になれば妄想すらもしない。僕にとって物語の中はそれと同じで、ただのフィクションでしかなかった。
少なくとも、彼女に出会うまでは。
分かっていた。
最初から。
心に何か分からないもやみたいなものがかかっているような気がして、だがすぐ気が付いた。
小説みたいな冗長な表現をして。
最初は「敬愛」に近いんだろうなと思った。それはいつしか形を変えずに意味が増えた。
そうか、これが、恋か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます