松下しずく・十一月 第一火曜日

 普段なら参加しないような同じ大学内での合コンに二つ返事で行くと言ったのは、その相手三人の中に颯太君がいたからだった。

 セッティングしてくれたのは優香だった。一体どういう手を使ったのかは分からないが、颯太君の話をした次の日にはメッセージで『合コンセッティングしといた。颯太君来るよ』と来ていた。

 本当に、この子の行動力やら人脈やらには毎回驚かされる。確か籍を置いているだけのものを合わせれば入っているサークルの数も片手じゃ収まりきらなかったはずだ。

 本当はほんの少しだけ行くかどうか迷った。

 優香にも伝えたが、私の恋愛に関することは颯太君には知られたくなかった。

 だからこういうお酒の席で、ポロリとバレてしまうようなことがあれば、私はもう颯太君とはどうにもなれないと思った。どうなりたいかなんて、まだ分からないけれど。

 颯太君に対する思いは、今まで経験してきたものとか、それこそ先輩に抱いていた憧れとか、それとは少しだけ違ったから。


 集合時間に優香ともう一人の友達と一緒に男の子たちと会って、颯太君が見当たらないのを確認して少し気が抜けた気がした。

 一旦緊張が解けた安心感と、それと一緒にこの緊張がまだ続くのかと思ってまた心に焦りが生まれた。

 颯太君はどうやら直前に会った予定が伸びたみたいで、十分くらい遅れてくるらしかった。

 彼を除いた五人で予定通りのお店に入って、軽く自己紹介を済ませて、少しだけお酒が入ってきたタイミングで岸君が突然大きな声で「お、颯太のやつもう来てるって!」と言った。

 時間経過とお酒で少しだけ緩和していた緊張が、一気にまたやってきた。心臓がバクバクとうるさかった。

 友達と、岸君が何かしゃべっている。その声すら鼓動の音にかき消された。

 時が流れるのが遅く感じられて、岸君の様子で彼がすぐ後ろまで来ていることが分かった。

 足音がして、颯太君が横に立つ。見慣れた横顔は、授業の時とは違って柔らかい笑顔だった。

 友達といるときはこんな顔するんだ、と少しだけ心にもやがかかった。

 颯太君が私の目の前に座った。一瞬だけ、目が合った気がした。すぐに逸れてしまったから気のせいかもしれない。

「理学部の関颯太です。遅れちゃってすみません」

 丁寧な挨拶と、遅れたことへの謝罪をその綺麗な笑顔で発する。

 優香が率先して自己紹介をして、私も釣られるようにして名前だけを言った。

 よく考えれば、知り合いなのだからする必要はなかった。でも、私のせいなのだろうか。颯太君は、あたかも私と初対面かのような振る舞いをしていた。

 もしかしたら、覚えてないのかもしれないな、と思って、また胸が締め付けられそうになる。

「颯太君いけめんすぎ! 思った三倍のいけめん来たわ! 岸の知り合いとは思えない」

「なんで颯太がいけめんで俺がディスられんだよ!」

 優香の楽しそうな笑い声に、颯太君が絵画のような美しい微笑みで「ありがとう」と返す。

 思えば、この時点で覚悟しておくべきだった。優香はもう完全に酒が回っていて、私のことなんて忘れているようだった。この短時間で彼女だけもう三杯目だったのだ。


 颯太君が来て三十分くらいが経っただろうか。段々と盛り上がってきて、少し深入りするような話も出てきた。

 彼だけはずっと当たり障りのない話とか、岸君と神谷君との思い出話とかそう言うのばかりで、彼について少しでも知りたかった私は少しだけ落胆していた。

 私が店員を呼び止めてお酒を追加で注文しようとしたその時、優香が口を開いた。

「私たち三人とも恋愛下手? って言うか、男見る目なくてさー。毎回変な男に引っ掛かるんだよね。彼女が別にいたり、やり捨てされたり、シンプルにクズだったり。もうやんなっちゃうわ」

 耳を疑った。

 いろいろな感情が入り混じって、どうすれば良いか分からなかった。

 なんで。

 どうして。

 言う必要なかったじゃない。

 別に約束なんてしていないけど。

 言わないでくれるって思ってた。

 なんで。

 私と、颯太君を除いた四人で話が盛り上がっていた。颯太君は何も言わなかった。何を思っているのか。そもそも「私たち三人とも」と言う言葉を聞いていなかったかもしれない。まだ気づいてないかも。気付いて、幻滅して、それで何も言わないのかも。そんなことないはず。だってさっきの優香の発言はちゃんと颯太君も耳を傾けていた。でももしかしたら。

 心がぐちゃぐちゃにかき乱されていくのが分かった。

 それからの合コンは、あまり覚えていない。

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