松下しずく・十月 第五土曜日
『しずくー 今日の夜って暇?』
机の横に置いていたスマホが鳴って、明るくなった画面には友人からのメッセージが映されていた。
私は握っていたシャーペンを置き、スマホを手に取る。
メッセージアプリは開かずに、その通知だけを見つめる。
こういうメッセージが一番困る。今日の夜は、特に予定もない。今やっている勉強も、夜まで続けるつもりなんてなかった。ご飯の誘いとかだとしても受け入れることができる。だがそうでなかったら、気が乗らないような誘いだったら、できれば温和に断りたい。
私は片手にスマホを持ったまま、少しの間友人から追加のメッセージが来ないかと待ってみた。
二分ほど経過して、結局私は短く『なんでー?』とだけ送った。
気にする人なんていないだろうけれど、伸ばし棒があるかないかで随分印象が変わると思う。
メッセージアプリを閉じようとすると、すぐに既読がついて返信が来た。
『先輩と、どうだったんかなーと思って! 聞かせてよー』
なんだ、そんなことか。
てっきりまた合コンの人数が足りないとかそういう話かと思っていた私は少しだけ安堵した。
『いいよ。どこ?』
『私いま知り合いと新宿にいてさ、新宿集合でもいい? 場所はテキトーに』
『わかった。時間は?』
『いつでもー』
『じゃあ七時とかに新宿でい?』
『それまで時間つぶしとくー』
適当にスタンプを選んで送って、私はスマホを閉じた。
時計が示すのは午後三時過ぎ。時間には十分すぎる程余裕があった。
午後七時半。新宿駅で待ち合わせをして、私は誘ってくれた友人である優香(ゆうか)と共に居酒屋にいた。
頼んだお酒と料理が提供されて、段々と酔いが回ってきたころ。優香はそろそろいいだろ、みたいな顔で笑って口を開いた。
「で、どうだったの? 先輩と。火曜日、デートしたんでしょ?」
つられて笑ってしまいそうになるほど、優香はにやにやと笑っていた。
「んーなんか違くて」
「……? 何それ? どういうこと?」
「結局さー夜ごはんも食べて、お酒も飲んで、結構いい雰囲気になったのよ」
「うん」
「でさ、まあ終電逃しちゃったりして? ホテルとまでは行かなくても、どっかで朝まで過ごすとかも良いかなーなんて思ってたんだけど」
優香に話すというよりは、ただ口から言葉がこぼれるような。そんな感じで、私は少し俯きがちに話した。右手に持っていたウーロンハイを流し込む。
「一緒に歩いてて、距離詰めてきて、人通りの少ない所でさ。……ホテルいこ、って言われて」
「おお」
優香がいたずらっぽく笑う。
「なんか……。急に、気持ち悪くなっちゃって」
「……なんだそれ」
あからさまに笑顔が崩れて、落胆の二文字がありありと見えた。
「分かんない。でも急に。無理ってなった。でも終電なかったからさー。結局ネカフェよ」
「えー……。蛙化ってやつ? 振り向かれたら気持ち悪くなっちゃうみたいな」
「たぶん、違う。ホテル誘われたとき、般教で一緒の先輩に似た人のことが浮かんでさ。なんか、あの人ならこういうアプローチ? っていうか、気持ち悪いことしないんだろうなって思って」
「超展開過ぎて着いていけないわ。誰よその般教男は」
優香の箸にしがみつくポテトが、バランスを崩して落ちそうになっていた。
「この前グループディスカッションみたいなので一緒になって。名前なんだったっけな。颯太くん? だったかな? 初めて見た時、めちゃくちゃ先輩に似てるなって思って」
「ふーん。今度はその人なん?」
「さあねー、分かんない。でも……」
きゅうりを口に運んで咀嚼する。優香の箸に捕らわれたポテトは、まだなんとかしがみついていた。
「あんまり、知られたくないかも」
「何を?」
「私の……、こういうところ?」
「あー」
ポテトをお皿に戻して、優香は天井を見上げた。
「本気(マジ)のやつじゃん」
――初めてなんじゃない? と、優香は笑いながら言った。私には、何のことか分からなかった。いや、分からないふりを、していた。
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