松下しずく・十月 第三月曜日
電車の揺れが止まったのに気が付いて、ふと視線を上げるとちょうど自宅の最寄り駅だった。読んでいた小説がちょうど佳境だったのでため息が出てしまうほどに名残惜しかったが、電車を降りないわけにもいかず、私は仕方なく栞を挟んで小説を閉じた。
座席を立って、ドアの前でそれが開くのを待ちながら、頭の中で帰ってからの予定を立てる。
私の記憶が正しれければ、確か明日提出の課題がいくつか残っていたはずだった。特に何か買わなければいけない用事もないし、駅からは自宅に直帰して、そうしたらすぐに課題を片付けてしまおう。
ホームを歩きながら、立て終わった今日の予定のことはもう頭にはなかった。
人間観察が好き、というと、なんだか根暗で、不思議ちゃんで、少し近寄りがたく痛々しくすらあるように聞こえてしまうかもしれないけれど、私はお互い知り合うことなんて絶対にないような路傍の人を見て色々と考えるのが好きだった。
くたびれたサラリーマンだとか、私と似たような恰好をした女の子だとか、見るからにチャラそうな背の高い青年だとか、そういう人たちを見て、どんな人生があるんだろうかなとか、そんなくだらないことを妄想する。
ふと、前から歩いて来る女の人が目に入った。
とても、綺麗な女性だった。
女の私でも一目見ただけで息を飲むような。
きっとこの人は、昨日の夜から綺麗な人たちばっかりで固められたような、私には想像ができないほどオシャレで高級なお店でお酒を飲んで、今もきっと男の人の家から自分のうちに帰ろうとしているんだろう。
綺麗な無造作に見える髪も、まとめ切れていないだけのようにも見えるし、化粧も簡素なものだったし、服も少しだけ皴が付いているのが見えた。
ただすれ違うだけの人は絶対に気付かないようなところで、私の妄想の裏付けが取れているような気がした。
人間観察が好きだから、と言うのもあるけれど、彼女の見た目は私が目指しているそれにとても近かったから。
あんな風に、綺麗な女の人になりたいと、心から思った。
あんな風になれれば、もっと可愛くなれれば、あの人もきっと振り向いてくれるんだろうか。
そんなことを考えて、なぜだか少しだけ恥ずかしくなって私は視線を落とした。
大学生になって、メイクを覚えて、ファッションを学んで、なりたい自分を見つけて、私は多分変われていた。俗にいう大学デビューというのに、私は成功していた。
周りの目は分かりやすく変わった。
今まで無縁だった恋愛というものを自分が経験するなど思ってもいなかった。
恋愛体質、とでもいうのだろうか。
外見が変わればそれに伴って中身も変化していくもので、私は今までの十八年間を回収するかのように色々な人を好きになった。
それでもやはり、付け焼刃の恋愛知識では大学生の恋愛なんてこなせるものではなくて、短い間に何回も付き合って別れて、好きになって振られてを繰り返した。
浮気も、何回かされた。サプライズで彼の家に行ったら彼の本命の女の子と鉢合わせる、なんてことも一度あった。処女も、今思えば大した相手でもない人に捧げてしまった。
友達には何度も叱責された。好きな人ができる度に。恋人ができる度に。
今思いを寄せている四年生の先輩も、良いうわさは聞かない。
それでも好きになってしまったから、周りに何をどれだけ言われても、嫌いになることなんてできなかった。
気づけばその人のことを考えていた。
毎回、本気で好きになってしまうのだから、本当に質が悪い。どうせ、良い結果は待っていないのに。
思いを伝える事しかなかったから、一度でいいから気持ちを伝えられたいな、なんて馬鹿げたことを考えながら、私は駅を出て秋晴れの空を見上げた。
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