第48話 彼女は不穏なフラグを立てる

 その日以降、司は鈴音との接触を避けるべく、常に周囲に目を光らせるようになった。

 特に同じクラスであり、幼馴染の叶奈との接触は鈴音とも繋がる可能性があったため、慎重にならざるを得ない。しかし、極端に距離を取ってしまうと、叶奈に不審がられてしまうため、ある程度の付き合いは必要だった。


「つーくん、お昼は生徒会? 一緒に食べるのは難しいかな」


 叶奈の方は相変わらず司に話しかけてきて、お昼休みのたびにこうして誘ってくる。

 昼休みはほぼ必ず鈴音がいるので、司の答えは決まっていた。

「ごめん。今日も生徒会に行かなくちゃいけなくて」

「そっか。昼休みも大変だね」

「生徒会自体が少数人運営だからね。でも各クラスから実行委員が来てくれるから、まあ何とかなってるよ」

「でも、うちのクラスの実行委員ってつーくんでしょ? 負担が大きすぎるんじゃないかな」

「まあ、でも忙しいのは嫌いじゃないし」

「だからって何でも気負うのは良くないよ。わたしで良かったら、お仕事お手伝いするから言ってね」

「ありがとう。でも、今のところは大丈夫だから。伊月さんによろしくね」

「う、うん。あ、そうだ、鈴音ちゃんに大事な話があるって言われてたんだった。行かなくちゃ」

 叶奈が不意にそんなことをぽろっと言うものだから、司は思わず教室の外に向けかけたつま先をその場で留めた。

「大事な話?」

「うん。わたしと、できればつーくんにも聞いてほしい話なんだって。でもつーくん、全然捕まらないから、とりあえずわたしに話しておきたいって」

「……なんか、意味深だね」

 叶奈単独ならば百合的妄想が捗るが、司にも聞いて欲しい内容となると、そういう路線での妄想はしにくい。

 司の言葉に、叶奈も思うところがあるのか、戸惑いの表情を浮かべて頷いた。

「うん。それに鈴音ちゃん、最近様子が変だし」

「えっ? アルバイトが決まって順調なんじゃなかったの?」

「うん、バイトはこの間お邪魔させてもらった時も思ったけど、すごく楽しそうだったから、うまく行ってるみたいだよ。でも、なんていうか……変って言っても、ネガティブなことじゃないっていうか……」

 んー、と叶奈が奥歯にものが挟まったような言い方をして首を捻る。

「ネガティブじゃないけど変って……それ、大丈夫なの?」

「うん、多分……その、うまく言えないけど、最近の鈴音ちゃん、すごく可愛いんだよね」

「……惚気?」

「へ? のろ?」

「ごめん、間違えた。伊月さんは割と整っている方だと思うけど」

「そ、そうなんだけど、髪型を毎日変えてきたりとか、色付きリップを塗ってきたりとか、身だしなみをすごく気にしてたり、バイトでもそうなんだけど、いつも誰かを探してるみたいにきょろきょろしてたり……そういう感じがあって」

「それって、まさか――」

 司が言いかけた時、ひょこっと叶奈の背後から鈴音が顔を出した。


「あ、二人ともいた、ラッキー」

「ヒッ?!」


 思わず引きつった悲鳴を上げて飛び退った司に、叶奈がギョッと目を見開いた。

「つ、つーくん? どうしたの?」

「ゴで始まってリで終わる奴でも見たみたいな反応だったね」

「そ、そんなことはない、よ……ただいきなり現れたからびっくりしただけ」

「え〜、あたしにびっくりしてそんなG見つけた!みたいなリアクションしないでよねえ〜、ちょ〜傷つくんですけどぉ?」

「鈴音ちゃんも、なんかキャラ違くない……?」

 戸惑う叶奈に司が反応できないのはもちろん、鈴音も華麗にスルーをして、持っていたビニール袋を掲げた――司は直視できないので、視界の端で確認しただけだが。

「二人ともいて良かった〜、お昼ご飯食べ行こ〜」

「あ、それなんだけど、つーくん、今日も生徒会のお仕事があるんだよね」

「……っあ、ああ、そうなんだ。忙しくてね」

 叶奈に振られて一瞬間が開いてしまったが、慌てて司は頷いた。もちろん、鈴音には一切視線を向けずに。

「そっか。本当に忙しいんだね、森本くん。どーりで捕まえらんないわけだ」

「ごめん。悪いけど、今日も二人で仲良く食べて」

「ってことで、わたしと食べよ。あ、話があるって言ってたよね」

「うん。できれば森本くんにも聞いて欲しいんだよね〜。まあ、でも森本くんは一応知ってるからいっか〜」

 ぎこちなくカニ歩きで二人から距離を取ろうとした司は、その鈴音の言葉に立ち止まった。

「そうなの?」

「うん。この前海の家に来てくれた時にね。サクッと」

 サクッと。その気軽すぎるワードは、司を現実逃避へと駆り立てたあの衝撃的な告白を表現するにはあまりにも軽すぎた。

「つーくん、先に聞いてたの? 鈴音ちゃんの重要な話」

「……いや、別に。そんなに大した話でもなかったようなそうだったようなエトセトラ」

 さり気なく立ち去るチャンスを逃してしまった司がぎこちなく答える。

「うん、まあ、確かに大した話じゃないよ。ごくごく普通のことだし」

「??? なのに重要な話って?」

「一般的な意味じゃありふれてるけど、あたしたち三人の関係に大いに関わることだから重要ってこと。

 ――ねえ、森本くん、さっきから聞いてくれてるってことはさ、ここで伝えてもいいってことだよね?」

 低いトーンで告げた鈴音のそのセリフに、司は思わず彼女を見た。

 頭にハテナマークをいくつも浮かべている叶奈と、そんな彼女の隣で不敵に微笑む鈴音。今までならば百合的妄想を膨らませてきたツーショットだが、鈴音が告げようとしていることが『あのこと』ならば、その妄想の余地は一切許されなくなる。

「いや、ダメだ」

「え」

「叶奈は文化祭実行委員補佐の役割がある。だから、僕たちは速攻生徒会に行かなくちゃいけないんだ」

「え。えっ??」

 ますます混乱する叶奈の手を取ると、司は踵を返した。

「そういうわけでごめん、伊月さん、当分君は一人で頑張ってくれ!」

「え、ちょ、つ、つーくん?!」

 叶奈の手を引き、司は強引に教室を後にした。


「……ほ〜? 文化祭実行委員かぁ」

 残された鈴音は一人、嬉しそうに琥珀色の瞳を細めた。

 

 

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