第47話 彼は予想外の彼女にテンパる
「お〜っす、二人とも〜」
二学期開始の朝。朝練へ行く叶奈と共に通学路を歩いていた司の前に、鈴音が突如現れた。
彼女との遭遇はどんなに早くてもお昼休みだと踏んだ司は、当然それを回避するために動く予定だった。
しかし、その予想を飛び越えて現れた鈴音に司は思いの外動揺し、思わず眼鏡を取っ払った。
「つ、つーくん、どうしたの?」
「いや、目に少しゴミが……二人はかまわず話を続けて」
司は目をこする真似をしてさり気なく二人だけの会話を促す。が、そのぼやけた視界にいきなり鈴音のアップが映り込み、思わず仰け反ってしまった。
「ぅ、わ?! ちっ、近いよ、伊月さん!」
「目にゴミ入ったんでしょ? 取ってあげようと思って」
「い、いい! もう取れた! ばっちりだよ!」
少し遠のいたお陰でぼやけているものの、こちらに手を伸ばそうとする仕草はしっかり見えて、司は必死に制止しながら眼鏡を装着した。無論、鈴音の方は見られないので、キョトンとした叶奈に視線を向けて。
「ほんとに大丈夫? 目、真っ赤だよ」
「だ、大丈夫。擦りすぎただけだから。それより伊月さん、今日は早いね」
「確かに。鈴音ちゃん、朝は弱いって言ってなかった?」
「そうなんだけど、新学期始まったら二人にはすぐ知らせておきたいことがあって」
司は仕方なく視線を鈴音の方へ戻すが、顔は見られず、彼女の胸元で揺れる鈴のペンダントを見つめた。
「ふっふ〜、聞いて驚け〜、鈴音ちゃんアルバイトを始めました!」
「えっ」
思わず叶奈と揃って声を上げ、鈴音を見る。二人の反応に気を良くしたのか、鈴音はふふんと不敵な笑みを浮かべて腕組みをした。
「海の家のアルバイトをして、接客業いいなあって思ったから、カフェのあるパン屋さんにバイトすることにしたんだ〜」
「カフェのあるパン屋さんって、あの駅前にある?」
「そうそう、メロンパンが五種類あるあそこ〜。あそこのイチゴジャム入りメロンパン推しなんだあ」
メロンパンのことを思い浮かべたのか、鈴音がふにゃりと表情を緩める。
「わたしも行ったことあるよ。あそこ美味しいよね。制服も可愛いし」
「ふふふ〜、まだバイト始めて三日だけど、毎日幸せな香りに包まれて楽しいよ〜」
「いいなあ。わたしもああいうところでバイトしたいけど、パンの匂いずっと嗅いでたらお腹空いちゃいそう」
「あー、それはあるね。あたしも食べる量ちょっと増えちゃったかも」
「鈴音ちゃんはスマートだから、もうちょっと食べてもいいと思うけどな」
きゃっきゃっと繰り広げられる叶奈と鈴音の久しぶりの供給に、司は少しずつ落ち着いてきた。
(あ〜、やっぱりこれだよ、これ。花×すずもいいけど、僕の最推しはやっぱりこの二人だ……あ〜、毎日カフェでデートしろください)
「ね、今度カフェに遊びにきてよ。今日、学校終わったら早速バイトなんだ。六時までのシフトだから、それまでに来てくれたらサービスするよ〜」
「あ、じゃあ部活終わったら行こうかな。ね、つーくんは都合どう?」
「え」
供給に拝んでいたら、叶奈に話を振られて、司はわずかに反応が遅れた。
いや、今日は生徒会があるんだ。ほら、文化祭実行委員もあるからね、二学期から多忙になるんだよ。いやぁ、残念無念またね!!!
鈴音から何かアクションがあった時のために事前に用意していた台詞は、脳裏に浮かぶものの、司の口から出てこない。叶奈と共にこちらを見る鈴音の琥珀色の瞳に、心拍数が極端に上がってしまったせいだ。
「もしかして、森本くん忙しい?」
小首を傾げて言う鈴音に、司はぶんぶんと首を縦に振って、
「そう! そうなんだよ! 僕は生徒会で! 文化祭でとっても忙しいんだ!!」
「あ、そっか。文化祭、十月の終わりにあるもんね」
「そうなんだよ、叶奈! 伊月さんのアルバイトが決まってとても喜ばしいことだけど、僕はそれをお祝いする余裕がないなあ! だから叶奈、君が伊月さんのことを存分にお祝いしてあげて! それだけで僕の命が救われるから!」
「え? う、うん?」
まくし立てる司から飛び出す不可思議な言葉に、叶奈は戸惑いながらも頷く。その隣で鈴音が眉を下げて残念そうに呟いた。
「そっか〜……森本くんにも見て欲しかったなあ、あたしの頑張り」
「き、聞くよ! それは! 叶奈から!」
「つ、つーくん、さっきからそのテンションどうしたの?」
「あまりにめでたい出来事に感激しているだけさ! あ、ほら! ちょうど草尾さんも来たよ! 三人で行っておいで、そうしておいで! じゃあね!」
叶奈の後ろから今まさに抱きつこうとしていた希を視界に捉えたのを機に――いや、本音を言えばその百合も鑑賞したいが、その余裕が今の司にはなかった――司は踵を返して一足先に駆け出した。
「……よっす。森本くん、夏休み中に何かあった? えらく普段のテンションと違ってたけど」
「……わ、分かんない……あんなつーくん見たの初めて」
「……んー?」
残された女子三人は揃って首を傾げ、小さくなっていく司の背中を見送った。
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