第45話 彼は彼女に告げられる

 鈴音が待っていたのは、昼間一途と話していた海の家の裏側だった。

 夜になると暗く、女子一人が無防備に佇むにはやや危険に感じられて、司は足早に彼女の元へと駆けていった。

「話、ここじゃないとダメだった?」

「うん。でも、大した話じゃないよ」

 けろりと答える鈴音に、司は首を傾げた。しかし、彼が問いかけるよりも先に、鈴音が切り出した。

「サマニジで買った同人誌、すっごく面白かった。作家さんのSNSフォローしちゃうくらい」

「そう。じゃあ僕たちは間接的なフォロワーだね」

「あ、やっぱ君も持ってるんだ、百合を愛でるアカウント」

「もちろん、鍵アカウントだけどね」

 やっぱり、と鈴音がくすりと笑った。

「それから、その作家さんのSNSをたどって、色々な漫画や小説を読んだんだ。えっちなのは無理だけど、いろいろな百合の形があって面白かった」

「見事にハマってくれて嬉しいよ」

「うん。まあ、君ほどの情熱はないけどね。でも、そういう『好き』を教えてくれたことには感謝かな。それだけじゃなくて、他にも色々気づけたことがあるし。今、話したいのは、その『他にも』のことなんだ」

 ひんやりした夜風が鈴音の小さなおさげを揺らす。

 その髪型、やっぱり似合うね、と思わず口にしそうになったが、鈴音から漂う普段とは違う空気に、司は口を閉ざした。

「ギブアンドテイクの契約、覚えてる?」

「叶奈と懇意にしてくれる見返りに、僕は君の友だちになる、だったね。あまり君への見返り感がないけど」

「じゅーぶんだよ。生活力皆無だったあたしが友だちを作って、友だちと遊びに出かけたり、部活を見学したり、今こうして海の家のアルバイトもしてるんだもん。あたしの世界は大海原並に広がったよ」

「それは随分とスケールが大きすぎない?」

「だって、本当のことだし。ぐーたらすることと菓子パン以外に興味を持つことなんて何もなかったから。でも、今は違う。自分が知らなかったこと、見てこなかったこと、もっと知りたいって思う」

 夜風によって大きく捲りあげられた前髪から、鈴音の白い額が露わになる。その眩しさに司が目を細めていると、鈴音が一歩踏み出した。

「それは、叶奈ちゃんのことはもちろん、森本くん、君のこともそうなんだ」

「僕?」

「好きなことに目を輝かせる君は、あたしの目からはとても眩しく見える。叶奈ちゃんと同じくらい。あたし、もっと見てみたいんだ、君のそういう姿を」

 さく、さく、と砂浜を踏みしめて近づいてくる鈴音。その距離の狭まり方に司は違和感を覚え、ぎこちなく一歩後退する。

「僕のそういう一面は別に面白いものじゃ……」

「そんなことないよ。あの時も言ったでしょ。君はそういうところをもっと見せたほうがいい。そっちの方が余程魅力的だって」

「……そういう口説き文句は、叶奈にしてほしいな」

「だめ。だって、この口説き文句は森本くん専用だもん。それに、これまでの契約は今日でおしまいにするから」

「えっ」

 契約はおしまい。その言葉に司は思わず固まってしまった。

 さらに鈴音との距離は一歩手前まで迫る。ここまで接近するのは出会った時以来だ。

「あたしは君とのギブアンドテイクの関係がなくても、叶奈ちゃんと仲良くしていくつもり。彼女に対しての気持ち、ちょっとずつ変わってきてるしね」

「……っそれは」

「でも、それは君に対しても同じだよ、森本くん。あたし、君ともただの友だちは嫌だな」

「え」

 司がその意味を図りかねている間に、鈴音が爪先立ちをして。

 彼女の唇は司のそれと重なっていた。



「森本くんのこと、もっと知りたい。そう思うくらい、君のこと、好きになっちゃったみたい」



 叶奈に偽りの告白をした時と同じ、いや、それ以上に。

 頬を染めてうっとりと微笑む鈴音は、百合漫画のワンシーンのような可愛らしさがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る