第43話 彼は彼女の姉とランデブーする
「まさか妹の不純異性交遊の馬の骨と海岸を歩くなんて、思いもしなかったわぁ。人生、何があるか分からないものねえ」
大きな麦わら帽子を揺らし、体のプロポーションの良さを強調するようなTシャツにジーパン、白いビーチサンダルで砂浜を歩く真緒はそれだけで絵になる。実際、海水浴場の男性客の視線があちらこちらから飛んできて、否応なしに目立っていた。きっと、隣で小さくなって歩く司のことなど、誰も見えてはいないかもしれない。
「あの、お姉さん」
「あら。私は貴方の義姉になったつもりはないわよ?」
「……伊月真緒さん、初対面の僕に何のお話が?」
司が尋ねると、真緒はふっくらとした唇を綻ばせて笑った。相変わらず、目の奥は笑っていないが。
「やだ、そこまで他人行儀にならなくていいわよ。鈴音ちゃんから聞いているわ、貴方とは清く正しい友人関係ってね」
「伊月さんが?」
「ええ。私の中の貴方への悪印象を少しでも和らげたかったのでしょうね。毎回お話ししてくれるようになったのよ? 合宿のこととか、コスプレのこととか」
「後半は好印象にならないと思うんですけど」
「そうね、最初は下品なコスプレかと思ったから一度貴方への好感度は地に落ちたけど、鈴音ちゃんが見せてくれた写真と購入した本を見て、まあこれならギリギリ許せるかしら? と思ったわ」
「っ、ほ、本を……ってことは、あの……」
「安心して? 私は様々な愛に理解があるタイプよ。それも創作上なら殊更ね。あなた、素敵な趣味をお持ちなのね」
一瞬血の気が引いたが、真緒の言葉に司は安堵した。
どうやら、鈴音が話したのは買ってきた本が百合であったこと、司とはそれを楽しむ趣味仲間というところまでのようで、司が幼馴染と鈴音を百合ップルとして応援していることは伏せてくれているようだ。百合趣味を知られたのは痛いが、妹をその妄想の出汁にしていると知られていないだけマシだろう。
「とはいえ、それをダシに鈴音ちゃんといかがわしい交遊をしている可能性も否めなかったから、私の目で直接確かめようと思ったのよ」
「それでこうしてコンタクトを取ってきたと?」
「ええ。でも、あなた達を呼んで欲しいと私が言ったわけじゃないわ。あなた達をここへ呼び寄せたのは鈴音ちゃんの意思。この海の家でアルバイトさせて欲しいって言ったのもそう。正直言って、そっちの方が私には衝撃的だったわ。夏休みは家でグータラしてるか勉強しているだけだった鈴音ちゃんが、自分の意思で動こうとするなんて、って」
真緒が挑発的な笑みを消して、ちらりと斜め後方へ視線を向ける。
意味ありげなその視線に疑問を抱き、司もそちらを見ると、そこには砂浜で裸足になり、押し寄せる波を楽しむ叶奈と鈴音の姿があった。唐突な百合イベに一瞬顔が歓喜に歪むが、口の中を噛んで何とか堪える。
「あの子、叶奈さんって言ってたわね。あなたから紹介してもらった大切なお友だちだって言ってたわ」
「伊月さんが?」
「ええ。あの子、昔からすごぉく可愛くて男の子にモテたんだけど、そのせいか女の子のお友だちってあまりいなかったの。いても、そのお友だちの好きな人があの子に惚れちゃって、友情に大きくヒビが入っちゃったりとか、そういう嫌な思い出しかなくて」
ため息交じりに話す真緒に、司は内心なるほど、と呟く。
彼女に友人がいないことは本人の口からも度々聞いていたことだが、それは件の噂のせいばかりではなかったようだ。
「だから、あの子が大切って言い切る彼女のことがとても気になってたの。こうして、お会いできてよかったわ。鈴音ちゃんがあんな笑顔でお友だちと遊んでいるところなんて、私初めて見たかもしれない」
「そう、なんですね」
確かに、叶奈とのことがなければ、彼女が女子と仲良く海辺をキャッキャッすることはなかったのかもしれない。
(そう思うとやっぱりあの二人は運命的なものを感じるような……)
「あの子も<百合趣味>友だちかしら」
「いえ、全く微塵もそのような事実はございません」
「ふふ、きっぱりと宣言するのね」
「そこははっきりと言っておかないと、叶奈の尊厳に関わる問題なんで、はい」
真顔できっぱりと告げる司に、真緒は「そう言うものなのね」とくすくす笑った。
「まあ、私は鈴音ちゃんが笑顔でいてくれるのなら、それでいいんだけどね。もちろん、頑張ることも大事なことだけど、そればかりではつまらないし、何より健全じゃないわ」
「……それは、おね……あなたにも覚えがあるから、ですか?」
「ええ。まあ、私はあの子より人脈作りも人を動かすことも得意だから、同性を敵に回したところで大したことはなかったけど。それでも、心の安寧が得られる存在はあった方が断然良かったわ。それがこの場所と、彼なんだけどね」
真緒がちらり、と海の家を見る。テラス席で接客している一際大柄な男――あの海の家の店長だ――は司には威圧感があるように見えたが、彼を見つめる真緒には別のものに見えるのだろう。笑みを深める彼女が少しだけ幼く見えた。
「あなたも鈴音ちゃんにとっての『安寧の地』のようだから、お友だちとしてのお付き合いを認めざるを得ないわね」
「ありがとうございます。今後も、妹さんとは節度を守った友人関係を築いていくとお約束します」
司がかしこまって告げると、真緒は緩やかに首を傾げた。
「ふふ、それは果たして守られるかしらね」
「大丈夫です。僕も彼女も不純異性交遊に発展するような感情をお互いに抱いていませんから。女性同士の恋愛の創作を楽しむ仲ですし」
「そうとも限らないのが、人間関係というものよ。あなたにはそう見えていても、妹の目線では違うかもしれないわ」
「そう、でしょうか?」
腑に落ちず、司は首をかしげる。そんな司を真緒は楽しげに見つめた。
「これからも鈴音ちゃんと仲良くしてあげてね」
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