第5話 彼は噂の彼女と出会う

『伊月は中庭とか屋上で見かけるな。大抵寝てるみたいだぜ? 猫みたいに。今日はまだ見てねえけど、学校には毎日来てるらしい。授業は全然出ないけど』


 友人のまもるからの情報メールを参考に、司は早速ミッションを開始した。

 まず、一途のアドバイス通り、購買部へ赴いた。そこで購入したのは、生クリーム入りのあんぱん。これを選択した理由はただひとつ、棚に残っていた菓子パンがこれしかなかった体。昼食時間が始まって三十分は経過してしまっているのだ、ほとんど売り切れているのは仕方がない。

 幸い、ただのあんぱんか生クリーム入りあんぱんかを選ぶことができたので、司は女子受けが良さそうな後者を選んだ。

 『餌』を無事にゲットし、司が次に向かったのは屋上。日当りもよく、昼寝のスポットとしては一番適切だろう。そう思っての行動だったが、ドアの向こうには誰もいない。

 それもそのはず、遮るものがない開放的な屋上に吹き込む北風は、季節外れの肌寒さがあったのだ。天気はいいが、ここでは風が冷たすぎる。

(じゃあ、木々が多い中庭の方がちょうどいいか)

 やれやれと肩を竦めながら、司は階段を下り始めた。

(伊月鈴音……か。どんな女子なんだろう)

 二次元の百合を愛する同志でありながら、三次元は性欲的対象として見ている友人・衛から、度々その名前を司は聞いていた。


『伊月って見た目だけならマジ美人だけど、中身宇宙人並みに変わってるらしいし、例の、ほら、男子に援交を仕掛けてくる痴女って噂があるから注意な。

 ……え、『百合的』に? いやあ、俺はお前と違って、三次元の百合はナシ派だからな〜わかんね。自分の目で確かめて来い』


(今年は叶奈と草尾さん、生徒会長と副会長という逸材百合が発掘できている。これ以上望むのは過ぎることだろうか。だが、『美少女』な上に『変わっている』……このキーワードに惹かれない訳がない。クラスは違うが同じ学年……とすれば、仲良くなれば叶奈とも接近して新たな百合が生まれる可能性が微粒子レベルで存在する……?)

 ふふふ、とほくそ笑みながら、司は中庭にやってきた。

 昼食やバトミントンに興じる女子、男子の姿が見えるが、昼寝している美少女の姿はない。

(……ここもスカか。にしても、冷えるな)

 両腕を擦りながらきょろきょろと辺りを見回して、司はふと大きな木に視線が行った。日当りもよく、その下部は茂みで周りを覆われている。

(一応、見ておくか)

 まさかな、と思いつつそっと近づいて覗き見ると、投げ出されたか細い両腕が見えてしまった。

 ぎょっとしながらも、司は慎重にその先を覗き見た。あどけない寝顔は小さく、驚くような可愛らしさだ。小さな首の下、学校制定のワイシャツは第三ボタンまで外れており、かなり際どいところまでその白い肌が露出していて、その下半身は……とそこまで視界に捉えた瞬間、背後から声がした。

「ほんと、のぞきとか最悪だよね〜」

ほとんど条件反射のように司は目の前の茂みに飛び込んだ。その背後を「この間も部室で〜」と覗かれた体験談を赤裸々に話す女子たちの声と足音が聞こえたが、すぐさま遠ざかっていった。どうやら、司の存在には気づかなかったようだ。

 ホッと安堵をつく……のはまだ早い。

 なにせ茂み内に這いつくばる形で身を潜めた司の視線の先には、無防備に眠り続ける少女の下半身があった。膝を立てて眠る彼女のスカートの裾は太ももより上の位置までしかなく、少し体勢を変えてしまえばうっかり目撃してしまうことになりそうだ。

(しまったな。体勢を変えないと……)

 背中に大汗をかきながらも、司は表情筋を動かすことなくわずかに腰を浮かせる。拍子に背後の茂みに当たり、かさり、と思った以上に大きな音が立った。

 まずい、と思った時には後の祭り。ん、とかすかに声を上げた彼女が緩やかに上半身を起こしてしまったのだ。

 琥珀色のパッチリとした丸い目が、司をバッチリ捉える。

「……誰?」

「通りすがりの生徒会員です、どうも」

「せいと、かい……?」

 こて、と首を傾げて不思議そうにその言葉を少女が繰り返す。その胸元で、チリン、と金色の小さな鈴のペンダントが鳴った。思わずそこに視線を寄せてしまったのが、司の本日二回目の失態だ。彼女の開かれたシャツの中、真紅のブラという高校生が身につけるには大胆すぎるソレを見てしまったのだ。

 咄嗟に視線を逸らして咳払いをすると、司は素早く身を起こした。

「つかぬことをお聞きしますが、伊月鈴音さん、ですか?」

「うん」

「僕は生徒会副会長の小花先輩から頼まれまして、伊月さんの生活状況についてお伺いしたく、来たのですが」

「……」

「その、食事がきちんと取れているか、睡眠は足りているかなどを知りたいのですが。すみません、理由についてはこちらにも分かりかねることでして」

「……」

「……あの、聞いてますか?」

 一向に返ってこない彼女のリアクションに、司はぎこちなく視線を向けた。

 彼女は相変わらず司をぼんやりとした顔で見つめている。

 その顔を見て、司はあることに気がついた。


『あたしを見てよ、花。あたしは、花を傷つけたりしないし、裏切らない。約束するから、どうか、お願い』

 

 司の愛読する漫画、幼馴染の少女に恋をする『すず』と瓜二つだということに。

(リアルな、『すず』……? 実在したのか……?)

 高鳴り始めた胸元を、司は思わずぎゅっと掴む。

 そんな司をぼんやり見つめていた鈴音がボソ、と呟いた。

「おなか、すいた……」

「え」

 ぐぎゅるるるるるる。

 か弱い見た目に反した凄まじい音に驚く司に、鈴音がふにゃ、と泣き出しそうな顔で叫んだ。

「おなか、すいたー!」

 唖然とする司の頭上を、昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。

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