第4話 彼は公私混同しながら仕事する

小花おばな副会長。部の申請書類一式整理終わりました」

 書類を整え、司が顔を上げると同時に、はああ、とあからさまに苛立ちの籠もったため息が聞こえてきた。

「おっそ。たかが整理にどんだけダラダラやってんのよ、新人」

「すみません。ですが、会長からは『急ぎの仕事ではないから、空いた時間にやってもらって構わない』と言われていたので」

「会長は優しいからそう言うに決まってるでしょ。けどこの程度、ぱぱっとやっちゃえばすぐ終わるじゃないの。ただでさえ事務作業が多いんだから、時間の無駄遣いは止めなさい、新人」

「分かりました」

「ふん」

 司の斜め前に座る少女・小花一途おばないちずは不機嫌そうに鼻を鳴らし、再び箸を動かし始めた。彼女が座る誕生日席は普段、生徒会長が鎮座している。しかし、彼女の不在時は副会長である一途が着席し、業務を行うのだ。

 不機嫌な彼女の前には、花柄のハンカチとその上に乗せられたお弁当箱が広げられている。ハートの形に整えられた鮭のふりかけ、ハートの形の人参のソテー、ハートのピンが突き刺さったミートボール……と、ハートの存在感を押し出した内容だ。そんなハート尽くしの弁当を、一途はむっつりとした顔で食べ続けていた。

「今日はえにし会長、いらっしゃらないんですか?」

「見りゃ分かるでしょ。あたしが会長の席に座ってる時点で察しなさいよ、新人」

「すみません」

「すみませんって言う顔してない。っていうか、アンタ、ホント愛想ないわよね」

「よく言われます。それに関しては生まれつきなので、諦めて下さい」

 司の発言に一途が眉間に皺を一本追加し、ずぞぞぞ、と音を立ててペットボトルのお茶を飲む。

 それを横目に司は持参した弁当箱を開けた。中身は弁当箱一杯に敷き詰められた白米に、大粒の梅干しのみのシンプルなものだ。

「ったく、何でこのあたしがアンタみたいな無愛想男とお昼を一緒にしなきゃいけないんだか」

「僕のこと呼び出したの、副会長ですよね?」

「暇な奴がアンタしかいなかったから、仕方なくよ。自惚れないでよね、新人。大体、あたしは男って生き物が大嫌いなんだからっ」

「そうですか。それで、本題は何なんですか? 部活動の申請書類の整理だけで、呼び出す程副会長もお暇じゃないでしょう?」

「……ほんと腹立つ新人」

 一途の、人参のソテーに突き立てたフォークがみしみしと不吉な音を立てる。が、彼女は気を取り直したようにこほん、と咳払いをした。

「一年C組の『伊月鈴音いづきりんね』って子、知ってる?」

「名前だけなら、聞いたことがあります」

 友人の話を思い出しながら、司は頷く。

 彼の話によると、一年生の中で一番可愛いと男子の間では評判の女子で、他の女子にはないミステリアスさがいいらしく、加えて彼女にはとある『噂』があった。

「まあ、そうでしょうね。例の噂のせいで、男子の間で色んな意味で話題になってる子だから。ったく、男って何でみんなあんな女が好きになるんだか」

 毛先をくるくると指先で弄りながら、一途がふん、と鼻を鳴らす。

「ま、そんなことどうでもいいのよ。とにかくその女が『ちゃんと生活できてるか』アンタに見て来てもらいたいの」

「……一生徒の生活環境の調査、ということですか?」

「そんな大げさなものじゃないわよ。単にソイツがしっかりご飯食べて、身なりをきちんとしていて、睡眠をしっかり……は多分、大丈夫だからいいとして。とにかく、ちゃんとしてるか様子を見て来て」

「生徒会の業務にしては随分と特殊ですね。僕には副会長の超個人的な趣向のための調査のように思われるんですが」

「はあ?! あたしのシュミな訳ないでしょ! あの人の身内なんて、関わるのも嫌なんだからっ!」

「すみません。『伊月』さんは美人だと評判なので、生徒会長を慕っている副会長のお眼鏡にかなう人なのかと思ったので、つい」

 司の言葉に、はんっ、と一途は鼻で笑った。

生徒会長とそんじょそこらの女を一緒にしないでよね。生徒会長ほど美しく、清らかなひとなんて、他にいる訳ないじゃない」

「そうなんですか」

「そうよ! 何をしても成績優秀、スタイル抜群、そんな完璧さをひけらかさない謙虚且つ慈悲深い性格……生徒会長はあたしの太陽なの……一日一生徒会長吸わないとあたし、干涸びちゃう……」

 高圧的な態度から一転し、一途は頬に手を当てて遠い目をした。白い頬はピンク色に染まっていて、司に対し冷たい雰囲気を醸し出していた大きな碧眼は色っぽく潤んでいる。

(はい、『生徒会長←副会長』百合、いただきました。ごちそうさまです)

 心の中で静かに感謝の合掌をしつつ、司は話を続けた。

「シュミではないのなら、一体どういった理由で調査するんですか」

「新人のアンタが知る必要はないわ。やらなくちゃならないことに変わりはないんだから」

 何事もなかったかのように、一途は憮然とした顔に戻った。

「とにかく新人。アンタは四の五の言わずに調査して来なさい、今すぐ」

「今すぐですか?」

「とっとと済ませちゃいたいのよ、この案件。お昼休みだったら捕まりやすいでしょ? クラスからは浮いていて、常に単独行動してるらしいし、ボッチが行きそうなところ、適当に探せば見つかると思うわ」

「なるほど。まあ、今探した方が効率は良さそうですね。行ってみます」

 頷きながら弁当箱を片付け、司は素早く立ち上がった。

「ああ、あと、購買で菓子パン買って行きなさい」

「菓子パンですか」

「そう。伊月鈴音の好物らしいから。ぴらぴらしとけばよって来るんじゃない?」

「菓子パンと言っても、種類がありますが」

「そんなの知らないわよ、アンタのセンスで適当に買えばいいでしょ。おいしそうなの」

 ミートボールを頬張りながら、つっけんどんに言い放つと、一途はくるりと背中を向けた。

「早く行きなさいよ。アンタが行かないと生徒会長の椅子の香りを嗅げ……ンンっ、仕事が捗らないのよ」

「頑張って下さい。応援してます」

「うっさい、早く行きなさい。放課後は来なくていいわ。どうせ会長もいないし、調査報告は明日以降にしなさい」

「はい、失礼します」

 一途の背中にそっと一礼すると、司は生徒会室を退出した。

 何度かその場で足踏みをした後、司はこっそりとドアの隙間から中を覗き見る。

 生徒会長用の椅子の前でしゃがみ込んだ一途が、その顔面を椅子に擦り付けていた。

「あ〜〜しあわせ〜〜かいちょぉおお」

 先ほどの険しさも威厳もどこへやら。甘ったるい声で喘ぎながら、ふがふがと豚のように鼻をひくつかせて生徒会長の椅子の匂いを堪能している。一瞬頭を上げたことで見えたその横顔は蕩けていて、つり目は潤み、頰は少女漫画に負けないほど紅潮していた。

「一途の匂いと会長の匂いがマリアージュしてゆ〜……ん〜〜〜さいっこう……」

 ビクビクと全身を震わせながら椅子を堪能する副会長のあられもない姿に、司はふ、と小さな笑みを浮かべた。

(小花副会長……ディープな百合属性、今日もごちそうさまです)

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